シモン・ボッカネグラ
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アメーリアは、自分には心に決めた相手がいること、財産目当てのパオロとは結婚しないと拒絶し、そもそも自分はグリマルディ家の娘ではないと身の上を明かす。話を聞くうちに、シモンはアメーリアが自分の娘であることに気づく。二人は抱き合い、25年ぶりの再会を喜ぶ。シモンとアメーリアの二重唱。

娘の意を汲んだシモンはパオロとの結婚話を破談にする。しかし、この通告を受けたパオロは逆上してシモンを恨み、ピエトロと組んでアメーリアの略奪を企む。
第2場

ジェノヴァ共和国の議会場

議会でシモンがヴェネツィア共和国との和平の重要性を説いていると、突然外で争乱が起こる。民衆に追われたガブリエーレとフィエスコが議会場に駆け込んでくる。シモンは民衆を制止するが、ガブリエーレは、アメーリアが誘拐され、その首謀者こそシモンだと糾弾して斬りかかる。助け出されたアメーリアが2人の間に割って入り、黒幕が別にいることを告げる。貴族派と平民派は互いに罵り合うが、シモンは同胞同士のいさかいを止めるよう説く。シモンは騒動の原因となったガブリエーレとフィエスコを牢に入れると、パオロに対し、この部屋に卑劣な裏切り者がいること、自分はそれが誰なのか知っていること、パオロを証人としてそのならず者を呪え、と迫る。パオロは青ざめ、震えながら自分で自分を呪う。
第2幕ジェノヴァ総督邸として使われたサン・ジョルジョ宮殿

総督の部屋

シモンを深く恨んだパオロは、シモンの水差しに毒を盛る。さらに、捕らえられていたアンドレーアとガブリエーレを牢から出す条件として、2人にシモンの暗殺を持ちかける。フィエスコは拒絶して再び牢に戻されるが、ガブリエーレはシモンがアメーリアとお楽しみ中だとパオロから吹き込まれ、激怒する(アリア「わが心に炎が燃える」)。面会にやってきたアメーリアにガブリエーレは怒りをぶちまける。そこへシモンがやってきたため、ガブリエーレはバルコニーの物陰に隠れる。アメーリアはガブリエーレの赦免を嘆願し、シモンは寛大な措置を約束する。

疲れたシモンは水差しの水を飲み、眠気を催す。ガブリエーレがシモンを殺そうとして近づき、剣を抜く。戻ってきたアメーリアがそれを見つけて止める。シモンは目を覚まし、自分がアメーリアの父親であることを明かす。ガブリエーレはシモンに謝罪する(シモン、アメーリア、ガブリエーレによる三重唱「あなたは彼女の父上!」)。そのとき再び外で騒ぎが起こり、ガブリエーレはシモンのために、争乱を沈静化させようと出て行く。
第3幕

総督の部屋

争乱が鎮圧され、フィエスコが釈放される。反逆罪で捕らえられたパオロは、処刑場に引き立てられながら、シモンの体に毒が回っていることをフィエスコに告げる。遠く教会からアメーリアとガブリエーレの婚礼の合唱が総督の部屋まで響いてくる。

毒によって衰弱したシモンは、海を懐かしむ(モノローグ「慰めてくれ、海のそよ風よ!」)。フィエスコがシモンの前に現れる。シモンはフィエスコに、アメーリアこそが自分の娘であり、フィエスコの孫だと告げ、ついに二人は和解する。シモンとフィエスコの二重唱「わしは、神の御声に涙を流す」。そこへ結婚式を終えたアメーリアとガブリエーレが登場、シモンはフィエスコがアメーリアの祖父であることを明かす。シモン、フィエスコ、アメーリア、ガブリエーレによる四重唱「偉大なる神よ」。シモンは残された者たちの平和を祈り、ガブリエーレを次の総督に任命して息絶える。
歴史上のシモン・ボッカネグラサン・ジョルジョ宮殿の壁画に描かれたシモン像(ジェノヴァ)

表題役となったシモン・ボッカネグラは実在の人物(? - 1363年)である。14世紀ジェノヴァ(当時はジェノヴァ共和国)では、4つの有力貴族が教皇派と皇帝派に分かれて争っていた。フィエスキ家、グリマルディ家のグェルフ党(教皇派)とスピノーラ家、ドーリア家のギベリン党(皇帝派)である。この対立に、商人や平民による平民派との対立が加わった。こうした中で、シモンは1339年に初代ジェノヴァ総督に就任した。1344年に貴族派の陰謀によりいったん失脚するが、1356年に総督に復帰する。1363年、宴会の席で倒れて没した。ワインに毒を盛られたのが死因であるという[5]

また、『シモン・ボッカネグラ』は、リヒャルト・ワーグナーの歌劇『リエンツィ』の物語と同時代であり、『リエンツィ』の主人公ニコラ・ディ・リエンツォローマで殺されたのは1354年である。本作の第1幕フィナーレでのシモンの演説には、この史実を受けて「リエンツィと同じ栄光と死の予言の声が、いまやジェノヴァ一帯にも響き渡っている。ここにペトラルカの手紙がある。」という一節がある。
配役について

題名役のシモンは、父としての情愛、政治家としての器量、船乗りとしての豪快さの3つの個性が必要とされる。

これらを兼ね備えたバリトン歌手として、音楽之友社編『スタンダード・オペラ鑑賞ブック』では、ピエロ・カプッチルリを「当代きってのシモン歌い」としている。カプッチルリがシモンを歌った録音の中でも、とくにクラウディオ・アバド指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団との演奏(1977年)は、ニコライ・ギャウロフ(フィエスコ)、ミレッラ・フレーニ(アメーリア)、ホセ・カレーラス(ガブリエーレ)、ジョゼ・ヴァン・ダム(パオロ)らとの共演であり、「おそらく考えられる限り最強のメンバーによる決定盤」とする[6]
脚注^ スタンダード・オペラ鑑賞ブック p.109
^ スタンダード・オペラ鑑賞ブック p.118
^ このことは、のちの『オテロ』での悪役ヤーゴの存在感につながっている。
^ スタンダード・オペラ鑑賞ブック p.119及びpp.223-224
^ スタンダード・オペラ鑑賞ブック pp.120-123
^ スタンダード・オペラ鑑賞ブック pp.125-126

参考文献

音楽之友社編スタンダード・オペラ鑑賞ブック 2『イタリア・オペラ(下)』 ISBN 4-276-37542-8

リコルディ社の全曲フルスコア


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