シブがき隊
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解隊は、薬丸が「今後の方向性どうする?」と本木と布川に相談した際[9]、元々俳優業に興味のあった本木が「業界そのものを辞めて、パリでもどっかでもいって、皿洗いでも何でもいいからしたいから、二人(薬丸と布川)に『辞めてもいいか』と言った」のがきっかけとなった[10]。その話をした際に、二人とも目が点になっていたそうだが[10]、薬丸は「僕はそれぞれにソロで仕事しても、当時の『ザ・ドリフターズ』みたいにまた3人で戻ってきて、特番やったり、グループの活動すればいいじゃないか[7][9]」と解隊ではなく活動休止にしたらどうかと考えていた。しかし、布川は「本木がそう言うなら(解隊しても)いい」と賛同したため、意見が2対1となってしまった[10]。また、ジャニーズ事務所からは後日少年隊光GENJIがデビューしており、特に少年隊はバック転も出来、ダンスにかける思いも凄かったが、シブがき隊はバック転も出来なかった為、そんな少年隊を目の当たりにし「俺ら終わったな」と感じ、「このままシブがき隊として、お爺さんまでやっていけるのか? どうせなら人気のあるうちに解散しよう」と、3人で話し合って解散が決まった[11]。後年、本木は「グループを終えさせてしまったのは私」、「私が暴走したので、こういう結果になった」と語った[10]

解隊後、本木と布川はジャニーズ事務所をすぐ離れた。薬丸は残ったが、その1年後にジャニーズ事務所を離れた。

解隊以来、3人が公の場に揃って出ることはなかった。しかし、本木も布川もそれぞれ薬丸が司会の『はなまるマーケット』「はなまるカフェ」にゲスト出演している。その後、本木主演の映画『おくりびと』が第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した際、授賞式の翌朝、同番組でロサンゼルスより生中継にて薬丸が本木にインタビュー。久々に二人の共演が実現した[12]。また、薬丸のレギュラー番組『オジサンズ11』に布川がゲスト出演し共演した。

2010年の夏に布川が"ふっくん布川"として「スシ食いねェ!」をもじった「そば食いねぇ!」でソロ・デビュー。解隊から22年振りの歌手活動。

2012年1月13日、TBS『ぴったんこカン・カン』で、スタジオに薬丸・VTRで本木(ドラマ「運命の人」番宣で沖縄)と布川(妻子とともに石垣島と"シブがき島")が出演、同一番組内に解隊後初めて揃って出演となった(共演ではない)。
主な出演作品(ソロは除く)
バラエティ番組

ザ・ヤングベストテン (1981年 - 1982年、テレビ東京)

レッツGOアイドル(1982年 - 1986年、テレビ東京)- 司会者

夕やけニャンニャン(1985年 - 1987年、フジテレビ)

欽ドン!お友達テレビ(1986年、フジテレビ)

今夜見納め!これが最後のシブがき隊(1988年、日本テレビ) 解散番組

ザ・ベストテン(1982年-1988年、TBSテレビ)

夜のヒットスタジオ(1982年-1988年、フジテレビ)

レッツゴーヤング(1982年-1986年、NHK)

ヤンヤン歌うスタジオ(1982年-1987年、テレビ東京)

8時だョ!全員集合(1982年-1985年、TBS)ゲスト出演

ミュージックステーション(1986年-1988年、テレビ朝日)

加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ(1986年-1988年、TBSテレビ)

志村けんのだいじょうぶだぁ(1987年-1988年、フジテレビ)

NHK紅白歌合戦出場歴

年度/放送回回曲目
1982年(昭和57年)/
第33回100%…SOかもね!
1983年(昭和58年)/第34回2挑発∞
1984年(昭和59年)/第35回3アッパレ! フジヤマ
1985年(昭和60年)/第36回4スシ食いねェ!
1986年(昭和61年)/第37回5トラ! トラ! トラ!

注意点


出演順は「出演順/出場者数」で表す。

テレビドラマ

2年B組仙八先生(1981年 - 1982年、TBS

女7人あつまれば(1982年 - 1983年、TBS)- 暴走族「黒蜥蜴」のメンバーという役柄

源さん(1983年5月16日 - 9月26日、日本テレビ月曜スター劇場

噂のポテトボーイ(1983年10月13日 - 1984年3月29日、TBS)

オールスターアイドルドラマ「走れ青春42.195キロ」(1984年4月11日、テレビ東京

ふたりの恋人・殺し屋から愛をこめて!?ロマンチック連続殺人(1984年8月18日、TBS)

シブがき隊のスシ食いねェ!(1986年5月5日、フジテレビ月曜ドラマランド

さよならは一度だけ…(1988年11月4日、フジテレビ、男と女のミステリー

映画

シブがき隊 ボーイズ & ガールズ(1982年7月10日公開、東映)

三等高校生(1982年12月18日公開、東宝)

ヘッドフォン・ララバイ(1983年7月16日公開、東映)

バロー・ギャングBC(1985年4月27日公開、東映)

ラジオ

シブがき隊 青春キャッチボール(
TBSラジオ

シブがき隊 マジジェネレーション(TBSラジオ)

シブがき隊のスーパーギャング(TBSラジオ・1986年4月?9月、木曜担当)

ライオン リクエスト30・シブがき隊の俺たちマジだぜ!(文化放送

シブがきトリオ 夜をまるかじり!ニッポン放送

シブがき隊 ホット!ヒット!!はっと!?(ニッポン放送・おりも政夫との共演)

CM(ソロは除く)

ハウス食品

リトルボール(1982年のグループ初CM)

おにぎり囃子

コロコロリン

グーチョコパー


牛乳石?

ラブジュ

牛乳石鹸(進物用キャンペーン)


サクラクレパス「ふちどりMARKER・メタリック」

小学館「マイアイドル」

日興證券(出演は無く、歌のみでの参加)

みんなのうた

スシ食いねェ!(1985年、
NHK

ディスコグラフィ
シングル
NAI・NAI 16(シックスティーン)(1982年5月5日

100%…SOかもね!(1982年7月21日)

ZIG ZAG セブンティーン/Gジャンブルース(1982年10月28日)

処女的衝撃!(ヴァージンショック)(1983年2月25日)

ZOKKON 命(LOVE)(1983年5月5日)

Hey! Bep-pin(1983年8月8日)

挑発∞(MUGENDAI)(1983年10月13日)

サムライ・ニッポン1984年1月15日)

喝!(カツ)(1984年3月30日)


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