シナ・チベット語族
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そもそも、シナ・チベット語族の祖語に声調が存在したかは明確でない[13]。ただし、『詩経』の押韻、漢字音符、そして漢字による借用語や固有名詞の表記 (例:「對馬」) などから推定される中国語の上古音には、声調の区別が見られず、中古音の上声と去声は、それぞれ上古音の音節末子音 *-?, *-s に由来するとされる[14]。同様に、現代の中央チベット語には声調が見られるものの、7世紀チベット語の音韻体系を反映しているはずのチベット文字には (タイ文字ビルマ文字と異なり) 声調を示す記号が存在せず、頭子音における無声/有声の対立や末子音から声調の区別が生じたと考えられる[15]

また、形態的類型論上、シナ・チベット語族の多くは孤立語である (例: 現代中国語カレン語ロロ・ビルマ諸語トゥチャ語)。ただし、ギャロン諸語(英語版)やキランティ諸語(英語版)のように複統合語の特徴を持つ言語も存在する[16]。なお、ギャロン諸語では、中国語やチベット語に痕跡として残る接辞が、依然として生産的に用いられている[17]
研究史

中国語・チベット語・ビルマ語ほかの言語に親縁関係があるという説は19世紀はじめに提出され、現在では広く認められている。当初は古くからの文献をもった言語を対象にしていたが、後には書記体系がごく最近に発達したか、まったく存在しない言語にまで対象が広げられた。しかし、インド・ヨーロッパ語族オーストロネシア語族に比べると、シナ・チベット祖語の再構は十分確立しているとは言えない。その原因は、各言語の違いがきわめて大きいこと、大部分の言語が屈折を行わないこと、言語接触の影響が強いことにある。それに加えて、山奥で話される小規模な言語の多くは調査が困難で、しかも国境の紛争地域にあることが多い[18]
初期の研究

18世紀に何人かの学者が、2つの古い文献を持つ言語であるチベット語とビルマ語の間に平行関係があることに注目した。19世紀はじめに、ブライアン・ホートン・ホジソンらは北東インドの高地と東南アジアの文字を持たない言語も、チベット語やビルマ語と関係があることに注目した。「チベット・ビルマ語族」という語は、1856年にジェームズ・リチャードソン・ローガン(英語版)が使用した。ローガンは1858年にカレン語をこの語族に追加した[19][20]ステン・コノウが編集したインド言語調査(英語版)の第3巻はイギリス領インド帝国で話されるチベット・ビルマ語族の諸言語を含んでいる[21]

19世紀中頃から、「インドシナ」(Indo-Chinese)すなわち東南アジアの言語が4種類の語族からなることがローガンらによって明らかにされた。すなわち、チベット・ビルマ語族、タイ語族モン・クメール語族マライ・ポリネシア語族である。1823年にユリウス・ハインリヒ・クラプロートは、ビルマ語・チベット語・中国語の3つは基礎語彙が一致するが、タイ語モン語ベトナム語はこれらとは大きく異なることに注目している[22][23]。エルンスト・クーンはこれらの言語を「中国・シャム語」と「チベット・ビルマ語」の2つの語派に分けた[注釈 1]アウグスト・コンラーディは1896年の有名な分類においてこのグループをインドシナ語族と呼んだが、コンラーディはカレン語を除外した。インドシナ語族の名称は広く使われたが、コンラーディがベトナム語を除いたことは議論を呼んだ。フランツ・ニコラウス・フィンク(英語版)は1909年にカレン語を中国・シャム語の第3の語派に含めた[24]

ジャン・プシルスキは、アントワーヌ・メイエとマルセル・コーアン(英語版)による『世界の言語』(Les langues du monde, 1924)の章題として「シナ・チベット語族」の名を初めて使用した[25]。プシルスキはコンラーディの2つの語派の区別を保ち(チベット・ビルマ語派とシナ・ダイ語派)、ミャオ・ヤオ語族をダイ語派(タイ・カダイ語族)に含めた。
シェーファーとベネディクト

公共事業促進局の助成を受け、1935年に人類学者アルフレッド・L・クローバーカリフォルニア大学バークレイ校においてシナ・チベット語文献学プロジェクトを立ちあげた。このプロジェクトは1938年までロバート・シェーファーが、それ以降はポール・K・ベネディクトが監督した。シェーファーとベネディクトの指導の下、言語学を専門としない30人のメンバーが入手できるかぎりのシナ・チベット語の文献を収集した。その結果は15巻からなるタイプ原稿の「シナ・チベット語言語学」にまとめられ、8部が作られた[21][注釈 2]。この書物が出版されることはなかったが、その後のシェーファーの論文、シェーファーによる5巻の『シナ・チベット語入門』、およびベネディクトの『シナ・チベット語概要』を書くためのデータとして使われた[27]

ベネディクトは『シナ・チベット語概要』の原稿を1941年には書きあげていたが、出版されたのは1972年だった[28]。ベネディクトはシナ・チベット語族の完全な系統図を描くかわりに、5つの主要な言語の比較によってチベット・ビルマ祖語を構築した(ときに別の言語の比較も使用した)[29]。ベネディクトは音節頭子音として有声と無声の2つの系列を認めた。無気音と帯気音の区別はチベット語には残っているが他の大半の言語で失われた子音連結から発生したと考えた[30]。したがって、ベネディクトによる音節頭子音の再構は以下のようになる[31]

TBチベット語チンポー語ビルマ語ガロ語ミゾ語スゴ・カレン語上古中国語[注釈 3]
*kk(h)k(h) ~ gk(h)k(h) ~ gk(h)k(h) ~ h*k(h)
*ggg ~ k(h)kg ~ k(h)kk(h) ~ h*gh
*??????y*?
*tt(h)t(h) ~ dt(h)t(h) ~ dt(h)t(h)*t(h)
*ddd ~ t(h)td ~ t(h)td*dh
*nnnnnnn*n ~ *?
*pp(h)p(h) ~ bp(h)p(h) ~ bp(h)p(h)*p(h)
*bbb ~ p(h)pb ~ p(h)pb*bh
*mmmmmmm*m
*tsts(h)ts ~ dzts(h)s ~ t?(h)ss(h)*ts(h)
*dzdzdz ~ ts ~ ?tst?(h)fs(h)?
*ssssththθ*s
*zzz ~ ?ssfθ?
*rrrrrrγ*l
*lllllll*l
*hh?h?hh*x
*w?wwwww*gjw
*yyyyt? ~ d?zy*dj ~ *zj

同系語の音節頭子音は同一の調音位置調音方法を持つ傾向があるが、無声・有声および無気・帯気の別はしばしば予想できない[32]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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