シチュエーション・コメディ
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若手俳優の登竜門としての役割も担っており、俳優の名前がそのまま役名に用いられることも多い[19]
日本

日本においてもシットコムと呼べる作品自体は古くから存在しているが、「シットコム」という概念も名称も定着しておらず[8][6][21]、シットコムの要件を満たす作品も内容によって「ホームドラマ」など別のジャンルで呼ばれている。定着しない理由としては、質の高いお笑いタレントコントがシットコム需要を満たしてしまっているという説もある[22]

テレビドラマとしては定着していない一方で、長寿番組として続いているアニメには『サザエさん』(1969年 - )、『ドラえもん』(1973年、1979年 - )や『ちびまる子ちゃん』(1990年 - 1992年、1995年 - )などシットコム形式のアニメが多く存在している[3][6]
テレビ黎明期

日本のテレビ本放送開始は1953年[23]。1957年春にはNHKでアメリカ制作のホームコメディ『アイ・ラブ・ルーシー』の放送が始まり、日本における連続ホームドラマ誕生のきっかけとなった[24]

どの作品が日本の最初のシットコム作品であったのか断定することは難しいが、『アイ・ラブ・ルーシー』をお手本にしたと思しきものにフランキー堺の『わが輩ははなばな氏』(1956年 - 1959年)がある[25]。また著名なものに『ダイラケのびっくり捕物帖』(1957年 - 1960年)、『頓馬天狗』(1959年 - 1960年)[19]、『番頭はんと丁稚どん』(1959年 - 1961年)[26]、ラジオ『すかたん社員』のテレビ版『スチャラカ社員』(1961年 - 1967年)[19]、『てなもんや三度笠』(1962年 - 1968年)[19]などが挙げられ、1960年頃(昭和30年代)には盛んに制作されていた[19]。なお、ラジオドラマを含めるなら『お父さんはお人好し』(1954年 - 1965年)などさらに古い作品も存在する。

この形式の番組は特に関西で人気があった。しかし、全国的にはスタジオ収録のドラマが主流になったことや、関西制作の番組が全国放送されることが少なくなったこともあり徐々に減少していった。1970年代中期(昭和50年頃)にはほとんど制作されなくなっていたが、一方で関西ではこの流れをくむ日曜笑劇場が1975年4月から2013年3月まで放送されていた。テレビでは廃れる一方で、テレビドラマ『男はつらいよ』(1968年 - 1969年)[6]を初出とする映画シリーズは、渥美清が主演した48作だけで配給収入464億円超・観客動員数7957万人超[27]を記録するなど大成功を収めている。
1980年代から2000年代

三谷幸喜が関わった『やっぱり猫が好き』(1988年 - 1991年)[28]、『子供、ほしいね』(1990年 - 1991年)[29]、『王様のレストラン』(1995年)[30]などがシットコム作品として挙げられるが、同時期(特に1980年代)はシットコム作品自体が少ない。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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