サルモネラ
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サルモネラの上皮細胞への細胞内侵入には、III型分泌装置(さんがたぶんぴつそうち)と呼ばれる、細菌の細胞質タンパク質を菌体外に分泌するための機構が関与している[3]。III型分泌装置は細菌の鞭毛に類似の構造体であり、鞭毛の毛に相当するタンパク質を宿主の細胞に突き刺して、その細胞内部に直接、エフェクター分子と呼ばれるタンパク質を送り込む[4]サルモネラの1つであるネズミチフス菌 (S. Typhimurium) のIII型分泌装置の電子顕微鏡写真。

サルモネラは大腸上皮細胞の表面に付着し、そこで上皮細胞にIII型分泌装置を突き刺し、その内部にエフェクター分子を送り込む。このとき送り込まれるエフェクター分子(サルモネラ染色体上のSPI-1領域の遺伝子にコードされた、SopE、SipAなどのタンパク質)は、細胞骨格を構成するアクチンを再構成する作用を持っており[5][6]、この作用によってサルモネラが付着した周辺で細胞の形態が変化(ラフリングと呼ばれる構造変化)して、付着した菌体周辺で偽足のような構造が発達する。この偽足様構造の発達は上皮細胞のエンドサイトーシスを促進し、このエンドサイトーシスによってサルモネラは上皮細胞内に取り込まれる(引き金機構)[7]。上皮細胞に取り込まれたサルモネラの一部はオートファジーによって分解されるが、残りはそのままエンドソームの内部で増殖する。このような機構の細胞内感染を行うものには、サルモネラの他に赤痢菌や一部の病原性大腸菌(腸管侵入性大腸菌、EIEC)がある。
マクロファージでの増殖マクロファージによるサルモネラの貪食。(上段)非チフス性サルモネラの場合:マクロファージにより殺菌される。(下段)チフス菌の場合:殺菌を回避してマクロファージ内で増殖する。

サルモネラ属の細菌のうち、チフス菌とパラチフス菌はマクロファージに感染してその内部で増殖する性質を持ち、これがチフス性疾患の発症に関与している。サルモネラは、上記した機構によって上皮細胞に侵入する以外にも、異物として認識されることでマクロファージによって貪食される。

マクロファージは食菌に特化した細胞で強い殺菌機構を有しており、貪食した異物をファゴソーム(食胞)という小胞に取り込み、これと細胞内のリソソームが融合してファゴリソソームを形成することで、リソソーム内部のさまざまな分解酵素群や活性酸素などの働きで分解する。非チフス性サルモネラを含めて、多くの細菌はこの機構によって殺菌され分解される。

これに対してチフス菌は、ファゴソームの内部からその小胞膜を介してIII型分泌装置を細胞質側に突き刺し、SPI-2と呼ばれる遺伝子領域にコードされた、チフス菌特異的なエフェクター分子群を宿主細胞質に注入する。このエフェクター分子群は、ファゴソームとリソソームの融合を阻害する作用を持ち、これによってファゴリソソームの形成が抑制される結果、チフス菌は食菌を回避することが可能になる。リソソームとの融合が阻害されたファゴソームは、やがてSCV (salmonella-containing vacuole) と呼ばれる特殊な形態の小胞になり、チフス菌はこの内部で増殖を行う。この感染マクロファージがリンパ管から血液に移行することによって、チフス菌もまた血液に入り込み、菌血症の発生につながる。サルモネラと同じような機構でマクロファージによる殺菌を逃れる細菌にはレジオネラやブルセラがある。また結核菌もファゴソームとリソソームの融合を阻害する性質を持つ点で、サルモネラに類似の殺菌回避機構を持つと言える。
病原性

サルモネラ属の細菌は自然界において、さまざまな動物の消化管内に一種の常在菌として存在している。しかしヒトにおいては、健康な人の消化管における菌数は極めて少なく、その糞便からは分離されることはほとんどない。

一般に、サルモネラ症は、動物に由来(主に卵、肉、家禽、生乳)し、細菌の含まれた食べ物を経口摂取することで感染する[8]。一部のサルモネラはヒトに対する病原性を示し、腸チフスあるいはパラチフスと呼ばれる重篤な感染症を起こすものと、胃腸炎(食中毒)を起こすものの二つに大別される。前者はそれぞれチフス菌 (S. Typhi)、パラチフス菌 (S. Paratyphi A) による疾患であり、これらをチフス性サルモネラ、後者の食中毒性サルモネラを非チフス性サルモネラと呼んで区別することがある。

チフス性サルモネラはヒトのみに感染する細菌で、患者の糞便から別のヒトに感染するほか、糞便によって汚染された土壌や水の中に残存しているもの(これらの自然環境中ではほとんど増殖しない)が感染源になる。これに対して食中毒性サルモネラ菌はペットや、家畜の腸管に常在菌として存在する人獣共通感染症であり、そこから汚染された食品などが食中毒の原因となる。食品衛生の分野では、この食中毒性サルモネラを問題にして扱うことが多く、以前はサルモネラ菌、サルモネラ菌属という名称で呼んでいたが、1998年にはサルモネラ属菌という名前に変更され、食品衛生上はこれが正式な名称として扱われている。日本の家畜伝染病予防法ではS. Gallinarum pullolum、S. Gallinarum Gallinarumによる家禽サルモネラ感染症は法定伝染病に、S. Abortuequiによる馬パラチフス、S. Enteritidis、S. Typhimurium、S. Choleraesuis、S. Dublinによるサルモネラ症は届出伝染病に指定されている。
食中毒

サルモネラ感染症
概要
診療科感染症消化器科
症状発熱腹痛下痢嘔吐
原因サルモネラ属菌
合併症敗血症髄膜炎骨髄炎関節炎など
治療輸液による全身状態の改善
抗生物質の投与
予後早期に適切な治療を行えば致死率は1%以下
分類および外部参照情報
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サルモネラによる胃腸炎(食中毒)の発症メカニズム。(1) サルモネラが消化管に到達。(2) III型分泌装置によって腸管上皮細胞に細胞内感染。(3) 感染細胞の機能不全により腸管内に液体が貯留(下痢の発症)。(4) 好中球が浸潤して炎症を増悪(腸炎症状)

サルモネラ食中毒は、本菌が腸管上皮細胞に感染した結果生じる、腸管内への液体貯留と好中球浸潤による炎症によって起きると考えられている。典型的な感染型食中毒であり、その主な症状は、強い腹痛嘔吐、激しい下痢などの消化器症状、発熱などである。下痢便は緑色の粘液が混じった水様便であり、ときに海苔佃煮のような粘血便となることがある。また、他の細菌性食中毒に比べて高熱が出ることが多いのが特徴である。通常は数日?1週間程度で回復するが、抵抗力のない者は菌血症を起こし重症化することがある。まれに内毒素による敗血症を合併し、死亡することがある。潜伏期間は平均12時間ほどといわれているが、S. Enteritidisの場合3-4日となることもある。一般的なサルモネラ属菌では、発症するのに10万個以上の菌数が必要といわれているが、S. Enteritidisは100個以下の菌数でも発症することがあり、食品を介さない人から人への感染も報告されている[9]

代表的な原因菌には、S. Enteritidis、S. Typhimurium、S. Choleraesuis、S. Dublinが挙げられる。従前のサルモネラ属菌による食中毒は、ネズミが媒介するS. Typhimuriumなどによるものが多く、日本でも戦後暫くまではネズミの糞尿によって汚染された食品を原因とする食中毒事件が頻発していた。衛生状態の向上により過去のものと思われがちだが、最近は感染力が強いS. Enteritidisの鶏肉鶏卵を介した食中毒が増加し問題になっている。

日本における食中毒発生件数の1-3割がサルモネラ属菌が原因とされている[注釈 1]。特に、鶏卵に由来する菓子による大規模食中毒が目立つ。鶏卵のサルモネラ汚染は、かつてはニワトリの消化管内に寄生したサルモネラが総排泄腔卵殻の外側を汚染するためと考えられた。そのため、汚染防止には鶏卵の洗浄が有効とされた。しかし、今日ではこうした卵殻の外側からの汚染のみではなく、S. Enteritidisなどがニワトリの卵巣卵管に寄生し、ここから鶏卵の卵細胞そのもの、つまり卵黄の部分に細胞内寄生したり、その外側の卵白などが保菌することによって鶏卵を汚染していることも知られるようになった。しかもこうしてサルモネラに感染した鶏卵からはしばしば発生を全うして健康な雛が孵化することが知られており、保菌鶏が再生産されることになる。こうした親子間の垂直感染を介卵感染と呼び、衛生状態に十分配慮した鶏舎でも汚染鶏卵や汚染鶏肉が生産される原因となっている。

また、厚生労働省の「食品中の食中毒菌汚染実態調査」によると、鶏肉におけるサルモネラ汚染率は50%前後と、下記のように高いものとなっている。

鶏ミンチ肉のサルモネラ汚染率201320142015201620172018
検体数陽性数%検体数陽性数%検体数陽性数%検体数陽性数%検体数陽性数%検体数陽性数%
311548331855352263???281450432149

ペット(イヌやネコ、家畜なども保菌している)から感染する事例も報告されている。アメリカ合衆国では1960-1970年にかけてミシシッピアカミミガメに由来する感染が報告され、死亡例の報告がある[10]。もっともこれは不衛生な環境で飼育されることも問題とされており、むやみに動物に触れない、動物に触れた後には石鹸で手を洗う、台所などで飼育で生じた汚水を処理しないなどの衛生管理により容易に予防する事は可能。

治療は対症療法ニューキノロン抗菌剤による除菌になる。しかし、欧米では耐性菌を誘発する、腸内細菌叢を乱し治癒を遅らせるとして、高齢者や小児を除き抗菌剤は投与すべきでないという考えが主流になっている。止瀉剤は排菌を阻害するので用いられない。
腸チフス、パラチフス腸チフスの発症メカニズム。(1) チフス菌が消化管に到達。(2) 上皮細胞およびパイエル板に近接するM細胞に感染。(3) M細胞を介してマクロファージに感染。(4) 腸間膜リンパ節で増殖、リンパ管→血液→全身に感染腸チフスの症状の推移。グラフは体温の変化

腸チフスはチフス菌の経口感染により発症する。消化管に到達したチフス菌は、腸管上皮にあるパイエル板に近接するM細胞(絨毛が発達せず、リンパ球やマクロファージに異物の提示や受け渡しを行う細胞)に取り込まれ[11]、これを介してマクロファージによって貪食された後、殺菌を回避して、その細胞内で増殖する。このマクロファージが腸管膜リンパ節に感染を広げることで、チフス菌はリンパ節で増殖し、血液に入り菌血症を起こす。


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