『ケイレブ・ウィリアムズ』は隠された事件を解き明かしていく過程により、推理小説の原型とも言われる[2]。ロマン派詩人のコールリッジ「老水夫の唄」「クリスタベル」「クーブラ・カーン」、キーツ「蛇女」「残忍美女」、シェリー「ザストロッツィ」などは、ゴシック小説中の幻想が用いられている。ジェーン・オースティン『ノーサンガー・アビー』は、ゴシック小説好きな主人公の少女が中世の僧院だった屋敷に招待されるという、ゴシック小説のパロディーの要素も組み込まれている。
イギリスでの流行は19世紀初めに終わるが、フランスでは『オトラント城奇譚』が1767年に翻訳されて以来ゴシック小説は大いに読まれて、サド侯爵「小説論」(『恋の罪』)で『マンク』が礼賛され、またシャルル・ノディエが影響を受けた作品を書いた他、ガストン・ルルー『オペラ座の怪人』(1911年)などが生まれ、フレンチ・ゴシックと呼ばれる。ドイツでもこれらの影響によりゲーテ『ドイツ亡命者の談話』や、シラー『招霊妖術師』、ホフマン『悪魔の霊酒』などが書かれた。アメリカではチャールズ・ブロックデン・ブラウンの『ウィーランド』(1798年)がアメリカン・ゴシック小説の走駆である。また『緋文字』(1850年)のナサニエル・ホーソンや、『アッシャー家の崩壊』(1839年)『大鴉』(1845年)などのE.A.ポーがその系譜を継ぐ作家であり、ハーマン・メルヴィルも「幽霊船」(1855年)などがゴシック小説的作品と言われる。イギリスでもシェリダン・レ・ファニュや、ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』(1897年)など、この分野の怪奇小説が書かれる。デンマークからアメリカの作家になったカレン・ブリクセンも『七つのゴシック物語』(Seven Gothic Tales
, 1934年)がある。サセックス州バールストンの古い屋敷を舞台にした『恐怖の谷』の『ストランド・マガジン』掲載時のイラスト(Frank Wiles作)ゴシック小説では礼拝堂、鎧、肖像画などが道具立として使われたが、濠や跳ね橋、秘密の地下道のある古い屋敷は、推理小説ブームの時代においても、A.A.ミルン『赤い館の秘密』(1921年)、コナン・ドイル『恐怖の谷』(1914-15年)などでも舞台とされた[1]。
ゴシック小説的手法を用いた作品として知られるものには、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』(1847年)や、トマス・ピンチョン『V.』(1963年)がある。『オトラント城奇譚』は20世紀になるとシュルレアリスト達によって再評価され、特にアンドレ・ブルトンはこの作品が夢から着想を得た点に注目した。アメリカではシャーリイ・ジャクスンら、ゴシック・ノベル、ゴシック・ホラーなどと呼ばれる現代的ゴシック小説が高い人気を保っており、1990年代にはポスト・モダンがE.A.ポーと言われるパトリック・マグラアなどのニュー・ゴシックが注目された。
ゴシック小説定番のモチーフは、怪奇現象、宿命、古城・古い館、廃墟、幽霊などであり、それらは現代のゴシック小説でも継承されている。
映画においても、ケン・ラッセル『ゴシック』(1986年)や、ピトフ『ヴィドック』(2001年)といったゴシック趣味の映画が作られている。