コモン・ロー
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その最も著名な例が、リー対イエローキャブ事件判決(カリフォルニア州判例集第三シリーズ(1975年)804頁)であり、カリフォルニア州最高裁判所は、コモン・ローの伝統である寄与過失 (contributory negligence) の法理を法典化したカリフォルニア州民法典の条項があるにもかかわらず、比較過失(comparative negligence、過失相殺)という原理を採用したのである[7]

同様に、ニューヨーク州には、オランダ法の歴史があり、19世紀に法律の法典化が始められた。この法典化の過程が完了したと考えられているのは、フィールド法典として知られる民事訴訟に適用される法典のみである。ニューネーデルラントの植民地はもともとオランダ人が建設したもので、法律も同様にオランダ製である。英国は、既存の植民地を奪い取った際にはその地域の植民者には彼ら自身の市民法を維持することを認めるのが常態であった。しかし、オランダ人植民者は英国に再び反抗し、植民地を奪還したため、英国は、ニューネーデルランドの支配を回復すると、大英帝国の歴史でも他に例を見ない懲罰として、オランダ人を含む全ての植民者に英国のコモン・ローに従うよう強制した。ただ、封建制度と大陸法に基礎を置くパトルーンシステム (patroon system) という土地所有制度が19世紀中葉に廃止されるまで植民地で運用され続けたのは問題であった。オランダ流ローマ法の影響は、19世紀末まで続いた。一般債務法の法典化作業の跡をたどれば、ニュー・ヨークでオランダ人の時代以来の大陸法の伝統がいかなる影響を及ぼしてきたのかが分かる。

さらに、制定法によって、コモン・ローの限界を乗り越えた新たな請求原因を作り出されることもある。一つの例として、生命侵害の不法行為があり、ある州では、制定法によって、故人に代わって特定の人(通常は配偶者、子又は相続財産法人)が損害賠償請求の訴えを提起することができるとされている。

ところが、英国のコモン・ローには、このような生命侵害による不法行為は存在しない。民事事件に適用されるコモン・ローは、過失犯不処罰の原則を採る刑事事件とは異なり、故意 (intent) であると過失 (negligence) によるとを問わず、不法行為 (tort) と呼ばれる不正な行為の弁償をさせたり、契約を解釈し、規制する一連の法原理を導く手段として発展したものである。ある不法行為に基づく損害賠償請求が、コモン・ローに根拠を有する場合には、現行の制定法にこれらの損害賠償に関する規定があろうとなかろうと、伝統的にその不法行為により生ずるものと認められてきた損害である限り、訴えをもって、現在・過去にわたる全損害の賠償を請求することができる。たとえば、他人の過失によって身体に傷害を負わされた者は、治療費、苦痛、恐怖、休業損害や稼働能力の喪失、精神的又は感情的な不安定、人生の価値(クオリティ・オブ・ライフ)を損なわれたこと、醜状痕その他の責任を訴えをもって追及することができる。こうした損害賠償は、すでにコモン・ローの伝統の中に存在しているので、制定法の発布を待つまでもないのである。

したがって、生命侵害に関する制定法が存在しない法域では、これらの損害は被害者の死とともに消滅してしまう。どんなに愛する人の生命を侵害されても生命侵害の責任を追及する訴えを提起することはできないのである[注釈 5]

もっとも、生命侵害に関する制定法が存在する法域でも、与えられる賠償又は補償は、その制定法が設定する大枠の範囲内に制限されている(賠償額の上限が設定されるというのがその典型例である。)。そして、裁判所は、新たな請求原因を創設する制定法を狭く文言どおりに限定して解釈するのが一般的である。それは、裁判所は、こうした制定法が「上位の」 (second order) 憲法的法律(constitutional law;憲法その他の国家統治の基本構造を規定する法律)の条項に違反するものでない限り[注釈 6]、立法府の判断は判例法の射程を決めるに当たって最高の権威を有するものと考えるのが一般的だからである[注釈 7][注釈 8]

しかしながら、傷害の程度が軽ければ莫大な損害賠償責任を負うのに、傷害の程度が著しく死に至ればかえって責任を免れ、または軽減されるというのはやはり非常識であると考える者もいる。生命侵害による損害賠償がないか又は低額に抑えられていた合衆国の各州では、「法的責任を限定してもらいたければ、もう一度引き返して奴に確実にとどめを刺しておくことだ」という皮肉に満ちた古い格言がある。

以上のように制定法によってコモンローが変容することによって、コモン・ローの内容それ自体が変更されるに致る例もある。例えば、コモン・ローは、かつて刑事法規をも包含するものであったが、コモン・ロー法圏のほとんどが刑法典を導入した19世紀後半以降はコモン・ローの刑事分野における法典化はすべて終了し、今日では、コモン・ローは民事紛争にのみ適用されるものと考えるのが一般的である。
研究方法

コモン・ローに関する研究書の中で画期的決定版といえるのが、ウィリアム・ブラックストン卿著で、1765年から1769年にかけて初版が出版された『イングランド法注解』 (Commentaries on the Laws of England) である。1979年以降、4巻に分かれた複製本が入手できるようになった。

今日では、連合王国のイングランド及びウェールズに関する部分については、ハルズベリーの『イングランド法』が英国のコモン・ローと制定法の双方に論及しており、ブラックストンの論文に取って代わるものとなっている。

合衆国のオリバー・ウェンデル・ホームズ・ジュニア (Oliver Wendell Holmes Jr) 最高裁判所判事は『コモン・ロー』 (The Common Law) という短い単行本を出版したが、業界では古典の地位を保っている。

合衆国では、『判例法大全』 (the Corpus Juris Secundum) にコモン・ローの大要と各州の裁判所ごとの偏差が収録されている。
脚注[脚注の使い方]
注釈^ しかし、この原理はのちの1640年の長期議会、1649年の王の処刑、1649 年の共和制、1660年の王政復古、1688年の名誉革命と翌年の権利章典の成立などで議会の力が絶対王政に対峙して強力になったため確立したものである
^ 庶民といっても、騎士 (Knights) と一定の資産を有する「名望家」 (Burgesses) のことを指す。名望家は市民とも訳されるが、誤解を招きやすい。
^ 一般的な訳であるが、平民上訴裁判所と訳する者もおり、ここでの文脈ではこちらのほうがわかりやすい。
^ 20世紀までの合衆国では、金銭賠償を規定する通常法と状況に応じた救済を与えるエクイティとが併存する状況が続いていた地区がほとんどであったが、連邦裁判所ではコモン・ローとエクイティとは同じ裁判所が管轄する。もっとも、デラウェア州では今もなお通常裁判所と衡平法裁判所とを分けており、一つの裁判所の中で通常法を管轄する部とエクイティを管轄する部とを分けているも多い。
^ 生命そのものは財産的評価が不可能であるから、故人は生命侵害による損害賠償請求権を取得し得ない。しかも、生命侵害により故人が何らかの請求権を取得し得るとしても、その請求権が発生したその瞬間に故人は既に死亡しているのであるから、その請求権は誰にも帰属することができず消滅する。したがって、生命侵害により故人に生じた損害の責任を訴えにより追及することはできない、というのがコモン・ローの(そして大陸法の)伝統的な発想であった(日本の判例残念事件を参照)
^ 違憲審査制を参照
^ 司法積極主義とも比較せよ
^ 立法府の判断は制定法の文言という形で示されるから、立法府の判断を尊重するためには、制定法を文言どおりに理解するのが大原則となる。例えば、制定法の文言上適用範囲に含まれない問題については、立法府はその問題にその制定法を適用しないとの判断をしたということができるから、制定法の文言の解釈をあれこれ工夫して適用範囲を広げれば立法府の判断に逆らうことになるわけである。

出典^ The History of the Common Law of Englandby Matthew Hale1713 Matthew Hale ⇒[1] ・Commentaries on the Laws of England (1765-1769)Sir William Blackstone  ⇒[2]
^ 伊藤正己『イギリス公法の原理』弘文堂、p.1。
^ 桑田三郎訳 「外国法の包括的継受は正当とされるか」 比較法雑誌7巻1-2号 p.256 中央大学比較法雑誌所収記事データベース。
^ F・W・メイトランド『イングランド憲法史』創文社、1981年、P.20頁。 
^ 上掲「アメリカ法入門(4版)」92頁
^ 参照:上掲「アメリカ法入門(4版)」50頁
^ 参照:上掲『英米判例百選(3版)』78頁

参考文献

戒能通厚編「現代イギリス法辞典」(新世社)

伊藤正己木下毅「アメリカ法入門(4版)」(日本評論社

田中英夫『BASIC英米法辞典』(東京大学出版会)

別冊ジュリスト『英米判例百選(3版)』(有斐閣)

関連項目

城の原則

外部リンク

ウィリアム・ブラックストン『イングランド法注解』(英語) ⇒[3]

黒石 (ブラックストーン) 著 大英律(明治初期の翻訳/国立国会図書館近代デジタルライブラリ)

オリバー・ウェンデル・ホームズ・ジュニア『コモン・ロー』(英語) ⇒[4]

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