コマーシャルメッセージ
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テレビ普及期に至る間に、広告主の専属出演者を用いたCMが主流になった時期(生コマーシャル#テレビ生CMの沿革参照)を経て、1970年代の始め頃には、俳優・歌手などの別に本業を持つ芸能人によるCM出演歴が、人気の度合いを測る指標になるという認識が業界内外でなされるようになり、『週刊現代』1972年2月3日号の記事[31]では「CM出演が、タレントのもっとも有利な副業であることは、いまや常識」と書かれるに至った。やがて、ニホンモニターの「タレントCM起用社数ランキング」、ビデオリサーチの「タレント別テレビCM出稿量上位10人[32]」といった、調査会社による人物単位のCM露出量に関するデータが一般公表されるようになった。

なお、新技術が採用された記念碑的CMについては下記の「#日本のCM技術」節で述べる。
平成以降

テレビ広告費は1990年代半ばで成長を止め、リモコンや録画機器の普及によるCM回避手段の増加、インターネット広告の台頭、リーマンショックなどと相まって、下落の時代に突入した。テレビ局側はCMを見させるため様々な工夫をしたが、逆に反感が集まり、CMを出稿したスポンサー自体への反感にまで至ってしまうなど難しいものとなっている[33]
日本のCM技術
形式

映像や音声の形式は放送波における規格に準じる。ステレオ放送が可能な放送では当然ステレオ音声によるCMが多くなっており、2000年代から5.1サラウンドステレオ音声収録のCMもわずかだが登場した。原則モノラル放送であるAMラジオ局においては、全局ステレオ放送を実施しているradikoFM補完中継局の導入後、ステレオで制作されたCMを放送している。

テレビ放送が開始された当初は生コマーシャル、静止画、そしてフィルムが主流であり、やがてそれに加えてVTRが導入された(後述)。

アナログ放送から地上デジタル放送への過渡期である2000年代後半頃から、アスペクト比16:9のハイビジョンによる制作が多くなった。予算などの都合からハイビジョン画質の実現以降もそのまま4:3の標準画質の映像を継続して放送するため、地上デジタルテレビ放送の画面比に合わせて左右に黒帯(サイドパネル)をつける場合がある。上下左右に黒帯が入る額縁放送となる場合もある。

日本で最初にカラーで放映されたテレビCMは、1959年4月10日の20時より、日本テレビ皇太子明仁親王成婚の様子を放送した特番『このよき日』内で放映されたもの(CMの詳細は不明)だとされる。同番組はカラー放送の実用化へ向けた実験放送の一環で全編カラー制作として放映されたもので、放送の2日前の4月8日に当時の郵政省が番組内でのカラーCM放送を認可し放映が可能になった[34]。しかし、本放送開始前のカラーテレビ試験放送中に放送されたものであったことから、一般には1962年に放映された「トヨタ・トヨペットコロナ」が砂塵を上げながらドラム缶を蹴散らして走行する「スタント・ドライブシリーズ」が初とされる[35]カラー放送を意識して、黄色のドラム缶が登場する。

日本で最初にステレオ音声で放映されたテレビCMは、1978年11月の「住友スリーエム・スコッチメタルカセットテープ『METAFINE』」 で、開始からおよそ1間画面下中央に“(放映局のステレオ放送のロゴ)ステレオCM”と表示された。関東は当時日本テレビTBS音声多重放送を開始していた。

日本で最初に二ヶ国語で放映されたテレビCMは、1979年NECの音声多重放送対応テレビ「語学友」である。このテレビは二ヶ国語放送受信に重点を置いてスピーカーを一つしか持たないモノラルテレビのスタイルで音声多重放送が受信できるというものだった。植木等をキャラクターに起用。主音声の日本語で「これで日本も安心だ!」などという節をつけたりしていたが、副音声の英語は純粋に男声での商品説明であり、完全な対訳でなかった。このCMは前述のステレオCMの時と違い特に二ヶ国語放送の旨は表示されなかった。しかし当時は音声多重放送を利用したCMはほとんどなかったので、このCMが組み込まれているゾーンは最初から二重音声放送に切り替わっていた(TBSの『兼高かおる世界の旅』は全篇二ヶ国語放送を実施し、スポンサークレジットも二ヶ国語だった)。

日本で2012年現在、3D立体映像で放送されたテレビCMは1988年に放送されたキリンのソフトドリンク「メッツ」が唯一である。全編CGで作られ、赤と青のセロハンメガネで見ると立体として浮き上がる手法が取られており、放送期間中に専用メガネのプレゼントもあった。放送された番組は『ザ・ベストテン』(TBS) などの人気番組内であり、それ以外の時間帯は同一映像で3D用でないCMが放送されていた。

2010年以降は、本編中のCMで「字幕放送」を行うことがある(花王ライオンパナソニック など)。その場合はCM中、画面右上[注釈 6]に「字幕」と表示される[36]

2020年代以降、ACジャパン全国キャンペーンのテレビCMの一部では、手話通訳や、英語字幕放送を行っている。
放送局におけるCMの編集と送出「CMバンクシステム」も参照

放送局において、CM送出に際し、CM枠に合わせて、複数のCM素材をまとめるという作業が不可欠だった。素材が磁気テープないしフィルムだった時代は、当然手作業であった。

とりわけテレビCMは、初期から1990年代初頭まで、大半、やがて一部が35ミリメートルまたは16ミリメートルの映画フィルムを用いて撮影されていた[37]。放送局は納品された素材をつなげ、枠分の素材を完成させ、テレビの映像信号(NTSC)に合わせてテレシネして送出していた。

1970年代後半は技術的にVTRとの過渡期であり、ビデオ編集機材・CM送出設備の進歩や充実に合わせ、フィルム撮影した素材をテレシネしたうえでVTRに録画し、それを放送局へ納品する流れになった。代理店やプロダクションによっては、在京キー局の分をテープ納品に切り替え、関東エリア内の独立UHF局や大阪・名古屋の準キー局を含むその他の地方局へは従来通りのフィルム納品を続けるという方式を取っていた。このような過渡期においても、環境によっては依然フィルム編集のほうが容易であったので、VTRで撮影された素材でもキネコによる複写を長く行っていた(35ミリ素材の16ミリへの縮小変換にも用いられた)。このため同じCMでも放送局や時間枠によっては、画質・音質が大きく異なる場合があった。フィルム納品は1990年代に終了し、すべてテープ納品に切り替わった。

その後CMバンクシステムと呼ばれるシステムが実用化され、現在はほとんどのテレビCMがCMバンクから送出されている。
日本のCM規制

民放連放送基準は、放送基準13章から17章にかけ、CMの内容、表現方法、入稿自体の取り扱い、事業者の責任について細かい規制を設けている[4]

その基準をもとに、各放送局のCM担当部署が内容に関する「考査基準」を定めている(例→[38][39])。

なお、インターネットCMについては、以下の規制の限りではない。
CMを行えない業種

以下のスポンサーについては原則として扱わないことを取り決めている。

スポンサーの名が伏せられているもの(民放連放送基準96条)

契約した以外のスポンサーの宣伝になっているもの(民放連放送基準99条)


迷信を肯定したり科学を否定したりする商品やサービス(民放連放送基準108条)

人権を侵害する目的で個人情報を調査・収集・利用する意図を持った商品やサービス(民放連放送基準109条)

風紀上好ましくなく、家庭内の話題として不適当な商品やサービス(民放連放送基準110・111条)

個人的な売名(民放連放送基準115条)

報道事実を否定する目的を持ったもの(民放連放送基準125条)

かつて行われていたCM


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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