コピアポ鉱山落盤事故
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シェルターのほか、動きまわるスペースのある2キロほどの地下通路があった[21]。鉱夫たちはバックホーを使って地下水を確保している[22]。鉱山シャフトの内側にある搬送機のラジエーターからもある程度水を得ることができた[21]。食料は限られていたため、1人あたり8キロほど体重を落としている[20]。緊急時にと残されていた食料はわずか2、3日分であり、彼らはそれを分け合って、発見されるまでの2週間をやりくりした[23]。彼らが口にしていたのは「48時間ごとにマグロの缶詰を小ぶりのスプーンに2杯、牛乳を一口、ビスケットを1枚、桃の一切れ」であった[21][22]。明かりにはトラックのバッテリーを使ってヘルメットのランプを灯している[20]

退院後のマリオ・セプルベダの言葉によれば33人は「一人一票制の民主主義を採用していた。脱出口を探したり、士気を高めようと皆で頑張った」「もし関係が破綻したら、みんなおしまいってことは誰もがわかっていた。毎日別の人間が何かしら不始末をやらかしたけど、そういうときはいつでも、みんながチームとして士気を維持しようとしていた」という。セプルベダはじめ古参の鉱夫は若い人間をよく助けたが、鉱山内で起こったことの詳細、特に絶望的だった最初の何週かに起こったことについては口を閉ざすよう皆で誓った、と彼は言った[24]。そういった出来事の中には、仲間が死亡した場合にその肉を食べることも真剣に検討したことも含まれていた。

アバロスもまた、地下で生き残るため空腹に打ち勝とうと力を合わせた。「まとまりになれば、頑張りとおせる。希望をもっていられる。生き残るとみんなが信じなければいけなかった」と語っている。かつてプロのサッカー選手だったフランクリン・ロボスは自分たちが素晴らしいサッカーチームであるかのように行動したという。「ひどいことが起きたけど協力しあった。何もなかった、水が飲みたくても飲み物なんてどこにもなかったときも。僕らは協力しあったんだ。食べるものもなくて、スプーン一杯のツナ缶を口にしたぐらいだったときも。それで本当に結束することができた」[25]
主要人物
ルイス・アルベルト・ウルスア
鉱山の現場監督だった。事態が容易ならざるものであること、救出が難しいことを理解し、「避難所」と彼らが呼んだ安全地帯に鉱夫たちを移動させた。わずかな物資を長期間もたせるために皆のまとめ役となった
[26][27]。事故の直後には3人を選抜して坑道を探索させ、状況を確認した。周辺の情報を細かくまとめた地図は救出を容易なものにした。救出作戦においては、地下の側から地上のエンジニアとテレビ会議で密に連絡をとっている[28][29]。また救出の際には「自らが最後まで残る」と希望する者が複数存在したが、その役職上の責任もあり、ルイスが最後まで残ることが認められ、33人目の救出者となった[30]ピーター・ドラッカーの愛読者でもある[31]
フロレンシオ・アバロス
地下ではサブリーダーになり、ウルスアを支えた。それまでの経験と丈夫な肉体、精神力を買われて、脱出用カプセルへ乗る最初の人間に選ばれた。もともとはシャイな人間であり、鉱夫の家族へ送るビデオを撮る際は撮影係にまわった。彼の弟も閉じ込められている[29]
ジョニ・バリオス
医師役をつとめて全員の健康状態を確認し、必要ならワクチンを与えたり、地上の医療班に仔細な報告をした。仲間たちはアメリカのテレビドラマにちなんで、彼を「ドクターハウス」と冗談めかして呼んでいた[32][27][29]
マリオ・ゴメス
一番の年長者であり、宗教面でのリーダーとなった。聖像を掲げて礼拝所を設け、地上の精神科医のカウンセリングを助けている[27][29]
ホセ・エンリケス
33年間採掘に携わりながら同時に牧師福音派)でもあった[33]。鉱夫たちの司祭となり日々の祈祷を行った[29]
マリオ・セプルベダ
精力的に鉱山内の状況をビデオに収めて地上に送り、世界中に彼らが首尾よくやっていることを伝えた。地元メディアは彼をテレビゲームにちなんで「スーペルマリオ」とあだ名していた[29][34][35]
作業員の健康

8月23日、鉱夫たちと音声での交信が可能となった。健康上の問題はほとんどないことが報告された。「地下700メートルに閉じ込められ、高温多湿な中で18日間も過ごしたわりには想定していたほど彼らは不調をきたしていない」と救助隊の医師はメディアに語っており、また5 %ブドウ糖液と過度の空腹による胃潰瘍を抑える薬が彼らのもとに届いていることも伝えた[36]。物資は伝書鳩の役割にちなんで palomas(鳩)と名づけられた1.5メートルの青いプラスチックのカプセルによって1時間かけて搬送された[19][37]。エンジニアたちはボーリング穴をゲルで覆い、シャフトを補強するとともにカプセルが通過しやすくした[38]。高濃度のブドウ糖液や補水液、薬品などのほか、鉱夫たちが空気不足を伝えると酸素も送られるようになった[37]。固形食も数日してから運ばれている[37][39]。ボーリング穴は他にも2つ開けられた。1つが酸素を送るためで、もう1つが鉱夫の家族とビデオチャット用の装置を通すために使われた[39]。親族は手紙を書くことも許可されていたが、前向きな内容にするように要求された[19]

鉱夫の士気を案じて、救助隊は検討されている計画では救出に数か月かかるかもしれないことを鉱夫たちに伝えることをためらった。

救助隊と顧問医は鉱夫たちが非常に統率のとれた集団だったとしている[32]。救助隊とともに働いた心理学者や医師は彼らを暇にさせず、精神を集中させるようにした[37]。タイマーつきの蛍光灯が届けられ、擬似的に再現された昼夜によって人間の通常の生活リズムが保たれるようにした[39]。鉱夫たちは救出に向けて尽力する人々の能力を確信し、「この地底から助け出すために、大勢のプロがいてくれている」と言った[40]。心理学者は鉱夫たちが悲観的にならず気力を保つためにはそれぞれに見合った仕事を受け持つことが大切だと確信した[40] 。彼らは8時間ごとのシフトを組む3つの班にわかれ、輸送カプセルの受け渡し、環境保全、それ以上の落盤を防ぐ安全管理、コミュニケーションや衛生関係の仕事を分担した[40][41][42][43]。ウルスアが全体を統括するリーダーとなり、最年長のゴメスが精神的な指導者に選ばれた[40]。精神衛生の専門家は集団が規律と規則を守ることが精神衛生のために重要だと信じ、集団が階級構造をとるよう補助した[44]


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