しかし、こうした社会経済的な現実とは別の次元で、クリオーリョとペニンスラールの間にはいくつかの亀裂も存在し、それがやがて両者の対立を深めていく原因にもなった。すなわち、ペニンスラールの中には、ヨーロッパ生まれの人間こそが優位であり、アメリカ生まれの人間は体格や知性で劣る、とする素朴な感情、あるいはその感情を基盤にした疑似科学的な言説を信奉するものが少なからず存在した。そうした偏見に基づいたペニンスラールの言動は、時にはクリオーリョの感情を害し、活動の妨げになることもあったため、クリオーリョの間でペニンスラールに対する反感が醸成される一助となった。
また、18世紀に実施されたさまざまな行政改革(ブルボン朝改革)は、本国王室の意図や命令が植民地社会で迅速に実施されることを企図したものであり、その実現に当たってはクリオーリョよりもペニンスラールが重用された。こうした政治領域でのペニンスラール優遇策も、クリオーリョとペニンスラールの間の精神的亀裂を拡大させた。
以上のように、同じイベリア人でありながら新大陸で生まれたということだけで差別を受けたことは、クリオーリョたちにペニンスラール及び本国政府への反感を抱かせ、この反感が独立運動の動機のひとつになった。
主なクリオーリョ
シモン・ボリバル(ベネズエラ)
アントニオ・ホセ・デ・スクレ(ベネズエラ)
フランシスコ・デ・パウラ・サンタンデル(コロンビア)
ホセ・ヘルバシオ・アルティガス(ウルグアイ)
フランシスコ・ソラーノ・ロペス(パラグアイ)
ベルナルド・オイギンス(チリ)
ホセ・デ・サン=マルティン(アルゼンチン)
アグスティン・デ・イトゥルビデ(メキシコ)
フランシスコ・モラサン(中米)
ミゲル・イダルゴ(メキシコ)
アントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナ(メキシコ)
ホセ・マルティ(キューバ)
脚注^ Jaime E. Rodriguez, La independencia de la America espanola, Colegio de Mexico, Fondo de Cultura Economica, Mexico, pp.33-42.
関連項目
クレオール
ピエ・ノワール
クレオール言語
カウディーリョ
典拠管理データベース: 国立図書館
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