クライスラービル
[Wikipedia|▼Menu]
完成した1930年から1950年代半ばまでクライスラー社の本社が所在していたが、建設費はすべてウォルター・クライスラー個人の資産で支払われた[8]

クライスラーの手から離れた後、ドイツの投資会社とアメリカの不動産会社、保険会社が所有した。2008年7月にアラブ首長国連邦ファンドが所有権の75パーセントを買収したが、2019年にはオーストリアの不動産業者であるシグナ・ホールディングスとニューヨークの不動産開発業者RFRホールディングがジョイントベンチャーで買収した。さらに2023年11月にはシグナ・ホールディングスが破産したため、所有権はさらに移転することが見込まれている[9]

2007年度にアメリカ建築家協会より発表されたAmerica's Favorite Architecture(アメリカの人気建築物)では、第9位に選ばれている。このビルはアール・デコ建築の古典的代表作とみなされている。18-8ステンレス鋼を最初に大量使用した建築物でもある。ロビー
歴史

クライスラー・ビルディングは高さ世界一の超高層ビルを目指して1928年9月19日に着工した。当時、ニューヨーク市内では高さ世界一を狙う超高層ビルの建設競争ブームの真っただ中であった[10][11]。この建設は特にウォール街ウォールタワー世界一の高さを競って、当時としては猛烈なピッチで進められた。平均して1週間で4階分の高さを増していくというペースにもかかわらず、この建設工事中に死亡した作業員はいなかった[12]。当初の計画では246メートルであったが[12][13]、ライバルのウォールタワーは高さ260メートルの計画で建設を進めていた。そこで、世界一を目指すウォルター・クライスラーの意向を受けて282メートルへと設計変更された[12]。しかしウォールタワーはさらに急遽計画を変更し、1930年4月に高さ283メートルで完成した。この時点ではいまだ竣工前の282メートルのクライスラー・ビルディングをわずかに上回り世界一のビルとなった。ところがウォールタワーの直前の設計変更を聞いていたクライスラー・ビルディングの設計者ウィリアム・ヴァン・アレンは、ウォルター・クライスラーの許可を得て、ビルの上に追加する38メートルの尖塔の製造を秘密裏に開始していた。この尖塔は4つのパーツに分けてビル内部で製造され、1929年10月23日に尖塔の底辺部分が一度ビルの上のドームに取り付けられ、すぐさまビルの66階の内部に戻された[14]

1930年5月20日に38メートルの尖塔を追加して319メートルとなり、クライスラー・ビルディングは完成した。5月27日にこのビルは一般に開業した。こうしてウォールタワーを上回り、世界一高いビルの座につくことができた。しかし、翌年の1931年エンパイア・ステート・ビルディングの完成により、世界一の座を明け渡すことになる。それでもアメリカの1920年代の繁栄の歴史を物語るニューヨークの摩天楼の中の傑作である(なおクライスラー・ビルディングは世界一の座こそ僅か1年で明け渡したが、世界2位の座はシカゴジョン・ハンコック・センターが出来るまで実に38年にもわたって維持している)。また尖塔の追加によりエッフェル塔の312.3メートルも抜き、ビル以外の建築物も含めて世界で一番の高さとなった(エッフェル塔は1957年のアンテナの追加により、現在はクライスラー・ビルディングよりも高い)。
ギャラリー

北側の三角窓からの景色

夜景

最頂部

空にそびえるビル

エンパイアステートビルから見たクライスラー・ビルディング

東42丁目から見たクライスラー

内装

内装

関連項目

世界一高い建築物の変遷


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:55 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef