クトゥルフ神話
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一例だが東雅夫は『クトゥルフの呼び声』が執筆された1926年を「クトゥルフ神話元年」と表現した[12]。ラヴクラフト以外による最初のクトゥルフ神話は、1928年のFBロングの『喰らうものども』である。創始者のラヴクラフトは構想の全貌を体系化することを試みておらず、また多くの執筆者の手によって諸々の作品が書かれ、いわゆる「クトゥルフ神話」はいつの間にか成立していたのだが、ダーレスなどは体系化することを試みる。大瀧啓裕は、『クトゥルフの呼び声』『ダンウィッチの怪』『インスマウスの影』の3作品をダーレスによるクトゥルフ神話体系の中核と述べる[13]
アーカムハウス

ラヴクラフトの愛読者であったダーレスは、自分の解釈に基づいて自分も神話作品を執筆し、旧神が邪悪な旧支配者を封印したとする独自の見解や、旧支配者を四大霊にあてはめるなど新たな解釈を行なった。ダーレスは第2作神話『潜伏するもの』などの原稿をラヴクラフトに送っており、(正式公開前の原稿段階で)読んだラヴクラフトは力作と賞賛した。その後、ダーレスは自らの解釈に基づく作品を多数発表していくことになるが、他の作家たちもそれぞれ好き勝手な解釈や設定を付け加えていた。

ラヴクラフトはパルプ雑誌『ウィアード・テイルズ』に作品を載せていたが、掲載を断られたり、自信がない作品は発表せずストックしていた。彼の死後、1939年にダーレスは、これらを出版するため出版社「アーカムハウス」を創設する。これによって未発表の作品が多くの人に触れる切っ掛けになる。またダーレスはラヴクラフトの構想メモを引き継ぎ連名で神話作品を複数執筆しているが、それらはダーレス神話であり、ラヴクラフト単独の作品とは雰囲気や設定が大きく食い違う。またダーレスは「クトゥルフ神話」体系の普及に努め、他の作家も神話作品を書くように働きかけた。

これらによってラヴクラフトという作家は広く認知されることとなったが、ダーレスはラヴクラフトの文学を後世に伝え広めた最大の貢献者として称賛される一方で、ラヴクラフトのコズミック・ホラーを世俗的な善vs悪の図式に単純化したという理由で死後に批判されることにもなった。ただしダーレスが他作家に「ダーレス神話」を強要したわけではなく、ダーレス存命中にアーカムハウスから刊行された新世代作家陣によるクトゥルフ神話作品は、必ずしもダーレス設定に準拠しているわけではない。
新しい発展

ダーレスは、ラヴクラフトやスミスの書簡集も出版したが、クトゥルフ神話については、あくまでも作品に記された部分にだけ注目していた。だが、書簡の中でのみ言及されている設定や神々の名もあった。最初にそこに注目したのはリン・カーターである。今日では、書簡で述べられていた設定は、次々と神話作品内に取り入れられている。

ラヴクラフトが創始したクトゥルフ神話作品の基本パターンは、好事家や物好きな旅行者が偶然から旧支配者にまつわる伝承や遺物に触れ、興味を引かれて謎を探求する内に真相を探り当てて悲劇的最期を遂げ、それを本人(が残した手記で)あるいは友人が語るというもので、特定の地名や神名、魔術書などの独特のアイテムが作中に散りばめられる。クトゥルフ神話は、こうしたアイテムによって定義されているとも言え、小説の素材として多くの作家に利用されてきた。ラヴクラフト以後の作家によって書かれた神話作品は、こうしたラヴクラフトの基本プロットを踏襲して、そこに新たに創作した遺物を付け加えるなどクトゥルフ神話の一部と呼ぶに相応しい本格的なものから、単に旧支配者の神名や召喚の聖句などが作中に出てくるだけのものまで、さまざまに共有・拡張され、神話体系ができあがっている。そして、これらの神名や新しい土地、魔導書等の名やキャラクターは、今も増え続けている。

1940・50年代、アーカムハウスから作家が作品を発表する一方で、あるファンはバラバラだった作品群を体系化しようと、事典を作りファンジンに発表する。これらの事典は、ダーレスに注目されることとなり、アーカムハウスの単行本に収録され、またダーレスが作品の方を事典の記載に合わせるなど行い、公式設定と化すことになった。

カーターは1970年代にリバイバルと体系化を試み、1972年に『クトゥルー神話全書』を著してクトゥルフ神話の知名度を上げた。これを境に、英語圏で神話書籍が爆増している[14]。ダーレスとカーターの没後は、ロバート・M・プライスなどが神話を牽引する[15]

作家たちの想像力の限りを尽くした、この世のものとも思えない異形の旧支配者たちは、怪奇ファンのみならず多くの読者を楽しませており、今や怪奇小説一つの枠に納まらなくなりつつある。2009年にはカナダのPermuted Pressから、ナイアーラトテップの一人称による暗黒小説、シュブ=ニグラスをヒロインとした正統派ロマンス小説、ハーマン・メルヴィルの『白鯨』やジュール・ヴェルヌのキャラクターであるネモ船長を導入した作品など、他ジャンルのクトゥルフ神話作品を収録した作品集が刊行されている[16]

1981年に、TRPG『クトゥルフの呼び声』(後のクトゥルフ神話TRPG)が登場する。先行の大手TRPGが『ダンジョンズ&ドラゴンズ』などいわゆる「剣と魔法のファンタジー」であった時代に、異質なホラーゲームとして登場してファンを獲得した。TRPGはまた、独自の体系化を行っている。アメコミ分野でも、DCやマーベルをはじめ神話作品が生まれている小説のみならず、漫画やゲームの世界にも神話世界は拡張され続けている。

フランスでは1950年代に紹介され始めていたが、1960年にジャック・ベルジェfr:Jacques Bergierが『魔術師の朝』(Le Matin des Magiciens、邦訳抄訳版『神秘学大全』)でラヴクラフトを紹介したことがきっかけとなり声価が急速に高まった[17]
日本でのクトゥルフ神話

日本でのクトゥルフ神話の始まりは、少なくとも1956年において早川書房のアンソロジー『幻想と怪奇2』に「ダンウィッチの怪」の収録が確認されている[18]。ラヴクラフトやクトゥルフ神話が広く知れ渡ったのは、1972年のS-Fマガジン9月臨時増刊号で、クトゥルフ神話が初めて特集されたこと[18]。翌1973年の専門誌『幻想と怪奇』第4号で「ラヴクラフト=CTHULHU神話」と題され特集された[18]

1972年に創土社から日本最初のラヴクラフト作品集『暗黒の秘儀』が刊行され、続いて1974年に創元推理文庫から『ラヴクラフト全集1』が刊行され[注 1]、80年代にはクトゥルフ神話作品が複数のレーベルから盛んに翻訳紹介された。だがやがて紹介が鈍化し、英米から引き離される。

日本における翻訳ではない最初のクトゥルフ神話作品は、小説現代1977年4月号掲載の山田正紀の短編『銀の弾丸』である[19][20][21]


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