宗教右派(Religious Right)を指す用語には、「宗教右派」[† 2]の他に、「宗教右翼」(英語:Religious Right)[† 3][† 4]、「キリスト教右派」(英語: Christian right)、「キリスト教右翼」(英語:The Christian Right) [† 5]、「新宗教右派」、「新宗教右翼」(英語:New Religious Right)[† 6]がある。堀内一史によると、宗教右派は、「キリスト教保守派」(英語:Conservative Christianity)、「宗教保守派」(英語:Religious Christianity)、「プロ・ファミリー派」(英語:Pro-Family)も同義で使用されているとしているという[8]。その他、「宗教保守運動(宗教保守主義政治・社会運動)」(英語:Religious Right)[† 7]がある。
宗教右派、福音派、特に原理主義が多く住む地帯は、バイブル・ベルト(聖書地帯)(英語:Bible Belt)とよばれ、アメリカ南部に集中する[9]。田中久男によると、バイブル・ベルトにはアメリカ南部の独特な宗教文化、集合的な生活習慣があり、その宗教文化はプロテスタント正統主義の最右翼をなすもので、その特徴は保守的信条よりも、きわめて感情的な、時として粗暴な宗教態度にあるとしている[10]。 ただし、バイブル・ベルトの範囲やその定義等については曖昧な点があるといわれている[† 8]。
宗教右派の運動は1920年代より始まり、70年代後半以降活発になった。その例として、1920年代の北米聖書連盟、アメリカ聖書十字軍などによるキリスト教原理主義諸団体の政治運動、1950年代のキリスト教十字軍、キリスト教反共主義十字軍の反共主義運動、1970年代末から1980年代の宗教円卓会議、モラル・マジョリティ(英語版)、クリスチャン・ボイスなどによる政治運動、1990年代以降のChristian Coalition of America(英語版)、家族フォーカス、家族調査評議会(英語版)などが挙げられる[11]。 ここでは、宗教右派の信仰、主張、道徳的価値観について解説する。「福音派」、「原理主義」、「キリスト教原理主義」、および「アメリカ合衆国の現代キリスト教」も参照 宗教右派の信仰は、保守的な福音派とその下位集団である原理主義である[12]ことから共有した信仰を持つが、原理主義は超保守的な信仰である。 宗教右派の価値観は、中絶 、同性愛、公教育などの問題を生命観や家族観、道徳観などにかかわるもので、世俗的個人の権利を尊重する世俗的人間主義だけでは判断しがたい領域を[† 9]、キリスト教的価値観によって克服することを目的としている。とくに宗教右派は内政問題について価値基準と影響を与えている[13]。藤本龍児によると、ディスペンセーショナリズムによる終末論あるいは終末思想に基づく政治化があるという[14]。この宗教右派の信仰による政治・社会運動は、1920年代に始まり1970年代後半以降活発になり、共和党の大きな支持母体となった[15][16][17]。 福音派の信仰は、デヴィッド・ベビントンによると[18]、「キリストの十字架上の死の贖罪効果」を信じ、キリストによって生まれ変わったと実感する「ボーン・アゲイン」体験、「聖書の無謬性」、「キリストの代理贖罪」を信じ、「福音の社会的拡大」に実行を伴う強い関心」を示す特徴があるという [19]。 原理主義の信仰は、ジョージ・マースディン[20]・ナンシー・アマ―マン[21]によると、福音派の4項目の信仰を共有し、さらに、「ディスペンセーショナル・プレミレニアリズム」を信じ、「世俗との分離主義を貫く」という信仰をもつプロテスタント信者であるという[22]。また、1980年代に「新宗教右翼」と呼称された主に原理主義を中心とした超保守派は、「聖書の逐語霊感」、「キリストの処女降誕」、「キリストの代理的贖罪」、「キリストの身体的復活」、「キリストの可視的再臨」を信仰し、信者は24の宗派から構成されているといわれている[† 10]原理主義(ファンダメンタリズム)的価値観は、キリスト教の尊重・「伝統的核家族」の重要性・親や教師の権威の尊重・性別役割の保持・愛国主義 ・自由企業経済制度にある[23]。 福音派と原理主義の考えには大きな違いがある。飯山雅史によると、福音派は楽観主義であり人間が努力すれば、社会はよくなっていくとし、社会と積極的に関わっていくことを選択した。一方、原理主義者は悲観主義であり人間がいかに努力してもイエスによる救済
信仰
宗教右派の信仰
聖書無謬説に基づく主張合衆国最高裁判所の判例には、福音派の反発を招いた判決があり宗教右派の活動を活発化した「聖書無謬説」および「聖書無誤説」も参照
原理主義の超保守性は、原理主義者が多く住む地帯であるバイブル・ベルトである南部でみられる。原理主義者の主張は、聖書を忠実に直訳し(聖書無謬説)、聖書の創造説を信じ、進化説を排撃する非常に保守的なものである[25]。「神」対して、管理や罰を強調する master、king、judge といった男性的なイメージを持ち、男性優位の考えを強く持っている。同時に、家族を重視し、堕胎や性表現などを含めた道徳観も他の宗派に比べて保守的である[26]。
従って、原理主義者は、他のプロテスタントと異なり、道徳的にも体罰を受け入れやすい考えを持ち、罪に対する罰を積極的というより当然必要とした懲罰的姿勢をとる。そのため、学校教育とともに家庭教育にて、子どもへの体罰を「愛」や「権威」という名のもとに、駆り立ててきたという[27]。