エリオット・スミス(英語: Elliott Smith)の名で知られるスティーヴン・ポール・スミス(英語: Steven Paul Smith、1969年8月6日 - 2003年10月21日)は、アメリカ合衆国のシンガーソングライター。
オルタナティヴ・ロック・バンド、ヒートマイザーの一員として活動中の1994年にソロ・デビュー。1996年にヒートマイザーが解散した後はソロ活動に専念し、1997年の映画『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』に提供した「Miss Misery」がアカデミー歌曲賞にノミネートされたことで一躍脚光を浴びる。
6枚目のアルバムを制作中であった2003年10月21日、カリフォルニア州ロサンゼルスの自宅で胸に2箇所の刺し傷を負い、死亡。要因は今も不明。
『ローリング・ストーン』誌の2007年11月号の企画、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も過小評価されている25人のギタリスト」において第23位。 1969年8月6日、エリオット・スミスはネブラスカ州オマハにて医学生の父親と小学校の音楽教師の母親の間に生まれた。およそ1年後に両親は離婚し、スミスは母親に引き取られる。移り住んだテキサス州で幼いスミスは継父チャーリーとの関係に苦しむことになる。当時の彼の苦悩は、後年に書かれた「Some Song」の一節で示唆されている。「チャーリーは来る日も来る日もお前を痛めつける。大人になる頃にはお前はおかしな奴になっている」[注釈 1]。 スミスは9歳のときにピアノを、10歳でギターを始める。彼の音楽の才能は早くから発揮されており、自作のピアノ曲で賞をもらったこともあった。14歳のとき、オレゴン州ポートランドの実父のもとに移る。この頃、借り物の4トラックレコーダーで最初のレコーディングを行っている。また、友人の影響でドラッグやアルコールに手を出すようになった。高校在学中にはStranger Than Fiction、A Murder of Crows、The Greenhouseというバンドに所属した[注釈 2]。 高校卒業後、彼は「エリオット」と名乗るようになる。この名前の由来については諸説ある[注釈 3]がはっきりしない。スミス自身は本名の「スティーヴ」という響きが「ジョックみたいに聞こえる」という理由で気に入っておらず、「スティーヴン」だと「ガリ勉ぽい」と思っていたらしい[6]。 大学時代に、彼は級友のニール・ガストと共にヒートマイザー
経歴
生い立ち
ヒートマイザー時代