ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ
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Footnotes / references
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ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ(Walt Disney Pictures)はアメリカの映画製作スタジオである。ウォルト・ディズニー・カンパニーが所有するディズニー・エンターテインメントの部門ウォルト・ディズニー・スタジオの子会社である。カリフォルニア州バーバンクにあるウォルト・ディズニー・スタジオを拠点とし、ウォルト・ディズニー・スタジオ内の実写長編映画を製作している。ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオピクサー・アニメーション・スタジオが製作したアニメーション映画もこのスタジオの名義の下で公開されている。ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズは、ウォルト・ディズニー・ピクチャーズが制作した映画を配給・販売している。

ディズニーは、1950年代にウォルト・ディズニー・プロダクションという包括的な社名で実写映画の制作を開始した。実写部門が現在のウォルト・ディズニー・ピクチャーズという名称になったのは、1983年にディズニーがスタジオ部門全体を再編成したときである。その際、長編アニメーション部門を分離し、ウォルト・ディズニー・ピクチャーズでの公開には適さない大人向けの映画を制作する姉妹部門として、タッチストーン・ピクチャーズを設立した。タッチストーン・ピクチャーズは、ウォルト・ディズニー・スタジオをハリウッドの主要な映画スタジオのひとつに押し上げたのである。

ウォルト・ディズニー・ピクチャーズは現在、ウォルト・ディズニー・スタジオ内の5つの実写映画スタジオのうちの1つで、他には20世紀スタジオマーベル・スタジオルーカスフィルムサーチライト・ピクチャーズがある。2019年にリメイクされた『ライオン・キング』は16億ドルで同スタジオの世界最高興行収入を記録しており、「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズは同スタジオで最も成功した映画シリーズであり、5作品で合計45億ドル以上の世界興行収入を記録している。[1]
歴史
前身となる部門「ウォルト・ディズニー・カンパニー#歴史」も参照

ウォルト・ディズニー・スタジオの前身は、1923年に映画監督のウォルト・ディズニーと、彼のビジネスパートナーである兄のロイによって、ディズニー・ブラザース・カートゥーン・スタジオ(Disney Brothers Cartoon Studio)として設立された。

ミッキーマウスをはじめとする短編映画やグッズの制作で収益を上げ、1926年にはハイペリオン・スタジオのウォルト・ディズニー・スタジオ(The Walt Disney Studio)と改称した[2]。1929年には再びウォルト・ディズニー・プロダクション(Walt Disney Productions)と改称。1937年に公開された初の長編アニメーション映画『白雪姫』は、経済的に大成功を収めた。『白雪姫』で得た利益をもとに、ウォルトはカリフォルニア州バーバンクにある第3スタジオに移転した。

1940年代に入ると、ディズニーは長編実写映画に挑戦し始め、『リラクタント・ドラゴン』(1941年)や『南部の唄』(1946年)など、実写とアニメーションのハイブリッド作品を発表した[3]。同じ年代に、スタジオは自然ドキュメンタリーの制作を開始し、『自然と冒険記録映画』シリーズの第1作『あざらしの島』(1948年)を発表した。

ウォルト・ディズニー・プロダクションは、1950年に初の全編実写映画となる『宝島』を製作した。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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