ウィリアム・ワイラー
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なお戦時中に生まれ故郷のミュールハウゼンに戻ってみた際に、実家の店舗は残されていたものの、家族を含むユダヤ系の住人はドイツ軍により連れ去られてしまっていた。

戦後は復員兵の苦悩をテーマにした社会派ドラマ『我等の生涯の最良の年』(1946年)を監督し、再びアカデミー作品賞・監督賞をはじめ今度は7部門を獲得する。以降の作品は得意の文芸映画『女相続人』や『黄昏』をはじめ、刑事ドラマ『探偵物語』、ラヴストーリー『ローマの休日』、サスペンス・スリラー『必死の逃亡者』、ヒューマン・ドラマ『友情ある説得』、西部劇『大いなる西部』などがある。1950年前後にハリウッドを吹き荒れた赤狩りマッカーシズム)に最後まで抵抗している。裁判官に「あなたは共産主義を支持しているか、もしくは関係があるか」と問われた際に、「その言葉をそのままあなたに返そう。『あなたは共産主義を支持しているか、もしくは関係があるか』あなたが答える義務がないのなら、私が答えるのを拒否してもいいはずだ」と抗議したと言われている[要出典]。

1959年に1500万ドルの制作費をかけたスペクタクル史劇『ベン・ハー』は大ヒットを記録しただけでなく、アカデミー賞では作品賞を含む過去最高で、合計11部門を受賞してワイラーには3度目の監督賞が贈られた。

60代以降のワイラーの作品としては、サイコ・スリラー『コレクター』、ワイラー唯一のミュージカル『ファニー・ガール』、黒人差別問題を描いた遺作『L・B・ジョーンズの解放』などがあり、また『ローマの休日』でワイラーが見出して一躍スターダムを駆け上がったオードリー・ヘプバーンを再び迎え、『噂の二人』(1936年に発表した『この三人』のセルフリメイク)や『おしゃれ泥棒』を監督した。

アカデミー監督賞ノミネート12回という記録は未だに破られていない。

また、『黒蘭の女』でのベティ・デイヴィス、『ミニヴァー夫人』のグリア・ガースン、『我等の生涯の最良の年』フレドリック・マーチ、『女相続人』のオリヴィア・デ・ハヴィランド、『ローマの休日』のオードリー・ヘプバーン、『ベン・ハー』のチャールトン・ヘストン、『ファニー・ガール』のバーブラ・ストライサンド等の演出で数々の出演者をオスカーに導いた。監督作品においてアカデミー男優賞・女優賞の演技部門は14回受賞、ノミネート回数は36回を記録しており、いずれも歴代最多である。

俳優とスタッフへの要求を通して事実を積み重ね、フィクションとしての映画を完成させた完璧主義者で、スタジオ関係者からナインティ・テイク・ワイラーとあだ名される程、自分が納得するまで、時には90回も撮り直すほどのこだわりはことに有名だった[要出典]。このような演出方針や、彼が完璧な英語を操れないという意思疎通上の問題も一因となって、しばしば俳優やスタッフとの間に軋轢を引き起こしたことでも知られる。先述のベティ・デイヴィスはワイラー作品での演技でオスカーを受賞しているが(『月光の女』、『偽りの花園』でも組んだ)、ワイラーとの撮影時の対立は特に凄まじいものであったといわれる[要出典]。

戦後の一時期、ワイラーは大手映画会社の力に左右されず監督の立場を強化するためにフランク・キャプラジョージ・スティーヴンスと共にリバティ・ピクチャーズを創立するが、頓挫している。

1981年ロンドンで開かれた映画祭に出席し、7月26日に帰国、しかし翌27日にビバリーヒルズの自宅にて心臓麻痺で死去した。
作風

心理描写や人物の性格表現に長けており、がっちりとしたドラマ構成に基づく映画技術で、非常に幅広いジャンルの映画製作で活躍した。
その他

1955年(昭和30年)4月に来日。約2週間滞在し、日光京都奈良を訪れている。[要出典]

1980年(昭和55年)4月にも黒澤明監督の『影武者』のプレミアショーに招かれ、来日している。[要出典]

主な監督作品嵐ヶ丘』(1939年)我等の生涯の最良の年』(1946年)噂の二人』(1961年)

稲妻の男 Lazy Lightning (1926)

戦友の為 The Stolen Ranch (1926)

新時代 Blazing Days (1927)

君を尋ねて三千里 Anybody Here Seen Kelly? (1928)

仮の塒 The Shakedown (1929)

恋のからくり The Love Trap (1929)

砂漠の生霊 Hell's Heroes (1930)

嵐 The Storm (1930)

北海の漁火 A House Divided (1931)

鉄血士官校 Tom Brown of Culver (1932)

やりくり宝船 Her First Mate (1933)

巨人登場 Counsellor at Law (1933)

白蛾 Glamour (1934)

お人好しの仙女 The Good Fairy (1935)

この三人 These Three (1936)

孔雀夫人 Dodsworth (1936)

大自然の凱歌 Come and Get It (1936)

デッドエンド Dead End (1937)


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