インディアン
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また、紀元前にヨーロッパから北米に移住があったとする見方もあり[20]、遺伝子からも、欧州に多いY染色体-RmtDNA-Xが北米東部でかなりの頻度で観察される[15][18][21][22][23]ことから、有史以前のある時期にヨーロッパからの直接移住が存在した可能性がうかがえる。

加えて南米原産のサツマイモがコロンブス以前のポリネシアから発見されていることから、ポリネシア人が南アメリカ大陸から持ち込んだと考えられ、南アメリカ大陸と交流があったと思われるが、ポリネシア人がアメリカ先住民の遺伝子プールに与えた影響などは不明である。

なお、インディアンの神話伝説では「亀の島」(アメリカ大陸のこと)が水の中から隆起した時に、その中心から現れた人類の祖先こそインディアンであると伝えている[24]

大航海時代以降は、ヨーロッパ人との混血、アフリカ黒人との混血が進んだ部族も多い。純血の民族はメキシコグアテマラエクアドルペルーボリビアなどに多く存在する。しかしブラジルアルゼンチンウルグアイなどのスペイン人と激烈な戦いを繰り広げた地域では、純血な先住民はスペインによる侵略により、大幅に数を減らしている。アメリカ大陸にいた先住民はヨーロッパ人の持ち込んだ伝染病、奴隷制度、レイプ、戦争による殺戮によって、1491年に西半球には約1億4500万人の人々が住んでいたが、1691年には、アメリカ先住民の人口は90-95%、約1億3千万人も減少したとされる[25]

アメリカ合衆国においては白人入植者によってインディアン戦争に代表される北米植民地戦争がおこなわれた。この戦争は白人、主にキリスト教徒によって行われた大量虐殺民族浄化強制移住であった。これらの戦争の影響により、インディアンは今日でも貧困アルコール依存症などの問題に苦しみ続けている。また、インディアンはブラックヒルズなど白人に奪われた土地の返還を求めて闘い続けているが、アメリカ合衆国政府や政府を支持する人々は土地を返還するつもりはない[26][27][28][29][30][31][32][33][34][35]。「ネイティブ・アメリカン#近代以降の歴史」も参照
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アメリカ合衆国とカナダ

アメリカ合衆国およびカナダの在来の民族を、アメリカ合衆国の領有する太平洋諸島の民族を除いて、共有される文化的特性を備えた10の地理的な地方に分類するのが一般の民族史学者の見解であったが、現在は太平洋諸島民を含む11の地理的分類が通例となっている。
北極のエスキモー、イヌイット、アレウト

アレウト族 en:Aleut - アラスカ伝統衣装をまとったアレウトの肖像

カナダ・エスキモー

イヌイット en:Inuit

イヌヴィアルイト en:Inuvialuit


アラスカ・エスキモー

イヌピアット en:Inupiat - アラスカのエスキモー。「イヌイット」とは呼ばない。

ユピク en:Yupik - アラスカのエスキモー。「イヌイット」とは呼ばない。


亜北極のインディアン

アトナ Ahtna, Ahtena, Nabesna

アティカメク Atikamekw, Attikamekw、Attikamek、Attimewk, Atikamek

バビーン en:Babine

ベアレイク Bearlake

キャリアーダケル) Carrier(英語名), Dakelh, Dakelhne(複数形)

チペワイアン Chipewyan

チルコーティン Chilcotin

クリー Cree

インガリック en:Deg Hit’an (Deg Xinag, Deg Xit'an, Deg Hitan, Degexit'an, Ingalik, Ingalit, Inkaliten, Inkality, Kaiyuhkhotana)

デナイナ en:Dena’ina

ドグリブ Dogrib, en:Tli Cho


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