その後、チンギス・カンによる諸子(ジョチ・チャガタイ・オゴデイ)諸弟(カサル・カチウン・オッチギン)への千人隊の分封が始まると、イドカダイはバルラス部のカラチャル、バアリン部のココチュス、ジャライル部のムゲらとともにチャガタイの王傅とされ、イドカダイら4人の率いる千人隊(ミンガン)はチャガタイ・ウルスの原型となった[3][4]。
ペルシア語史料の『集史』にはイドカダイに関する言及はないが、「チャガタイにはバルラタイ・カラチャルの千人隊と、ムカ・ノヤン(モゲ)の千人隊と、その他2つの千人隊が与えられた」旨の記述があり、この名前の伝えられていない千人隊長の一人がイドカダイであると考えられている[2]。
初期チャガタイ・ウルスの4千人隊
バアリン部のココチュス
バルラス部のカラチャル
ジャライル部のムゲ
出自不明のイドカダイ
脚注[脚注の使い方]^ 村上1972,343頁
^ a b 村上1972,382-383頁
^ 村上1976,107頁
^ 杉山2004,34-40頁
参考文献
杉山正明『モンゴル帝国と大元ウルス』京都大学学術出版会、2004年
村上正二訳注『モンゴル秘史 2巻』平凡社、1972年
村上正二訳注『モンゴル秘史 3巻』平凡社、1976年
表
話
編
歴
チンギス・カンのノコル(御家人)-129名の千人隊長-
大中軍
:105
首千戸(1)
チャガン(タングート)
イェケ・ネウリン(タングート)
エル・テムル・バウルチ(スニト)
ブルキ・バウルチ(ドルベン)
オルドクル・コルチ(ジャライル)
アルバカル・バウルチ(ケレイト)
ジャマール・ホージャ(メルキト)
コンキヤダイ(不明)
イェスン・トゥア(タタル)
ドダイ・チェルビ(スニト)
右翼(38)
ボオルチュ(アルラト1)
ボロクル(フーシン1)
ジェデイ(マングト1)
キンギヤダイ(オルクヌウト1)
トルン(コンゴタン1)
スイケトゥ(コンゴタン1)
バラ(ジャライル1)
1アルカイ・カサル(ジャライル1)
トグリル(スルドス1)
チラウン/スドン(スルドス1)
シギ・クトク(タタル1)
ドスカ(ドルベン1)
アラク(バアリン1)
1クドカ・ベキ(オイラト4)
コルチ・ウスン/タガイ・バアトル/スケゲイ・ジェウン(バアリン10)
ブルガン(バルラス1)