イタリア
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少子高齢化が進み、1人の高齢者を2.9人で支える高齢社会に突入しており(2012年)、OECD各国では日本ドイツの次に少子高齢化が進行している[20]
主要民族 詳細は「イタリア人」を参照

民族構成(イタリア).mw-parser-output .legend{page-break-inside:avoid;break-inside:avoid-column}.mw-parser-output .legend-color{display:inline-block;min-width:1.5em;height:1.5em;margin:1px 0;text-align:center;border:1px solid black;background-color:transparent;color:black}.mw-parser-output .legend-text{}  イタリア人 (93%)  その他 (7%)イタリアの人口ピラミッド

古代ローマ人を祖先とするイタリア民族が国民の主流を占める。国家公用語のイタリア語ロマンス諸語に属することや、ローマ人ラテン人を中心とした勢力であったことから一般的にラテン系と考えられることが多い。しかし、ほかの欧州諸国と同じく単純化できるものではなく、ラテン人以外のイタリック人エトルリア人フェニキア人、古代ギリシャ人、ケルト系ゲルマン系など多様な祖先が民族の形成に影響を与えている。また近世・近代におけるフランス系オーストリア系スペイン系との関わりもある。

イタリア統一後、標準語の制定、方言や地方言語の廃止、徴兵制や初等教育の普及によって国民の均一化を進め、段階的に民族意識の浸透が進んだ。イタリア民族主義(英語版)の高まりは未回収のイタリアを求める戦争を生み、民族の完全統合を目指す民族統一主義(イレデンティズム)の語源ともなった。イタリアにおけるナショナリズムがもっとも大きく高まったのは第一次世界大戦であり、国粋主義や民族運動が高揚した。こうした流れは最終的に20年以上にわたって続くファシズム政権を生み出し、全体主義体制によってイタリア化(英語版)と呼ばれる民族浄化政策が推進された。
少数民族・難民詳細は「イタリアの移民(英語版)」を参照

イタリア国内における少数民族としては南チロルのチロル人などが挙げられる。かつてイストリア半島などではスラブ系の住民も存在したが、上記の通りファシズム体制下で徹底した弾圧を受けた。ファシズム政権後の現代では一定の自治権を認められつつあるが、統一以来の集権政策も継続されている。近年は地中海アドリア海に面しているという要素から移民や難民の流入が続き、失業や貧困、治安問題、生活習慣や宗教上の軋轢など大きな社会問題を引き起こしている。

移民大国のフランスやドイツには及ばないものの、2016年における外国人人口は502万6,153名を数え[21]、イタリア国民の1割近くに達しつつあり、移民2世・3世の定着も進んでいる。移民グループでもっとも多いのは同じローマ人を祖先とするルーマニア人で、2014年時点で100万名以上が移民しており、国内で批判の対象とされることも多い。次いで地中海やアドリア海を越えて訪れるモロッコ人アルバニア人が挙げられる。アジア系では中国系移民(華人)がトップを占め、数年で倍近く増加している。

対テロ戦争アラブの春シリア内戦イスラム国の台頭などで中東が混乱してからは、海路でイタリアに不法上陸する者が急増した。2013年10月には、ソマリア人とエリトリア人をおもに載せた船が沈没、368人が死亡する事件があり、それ以降、イタリア海軍は不法移民を救助する活動に力を入れているが[22][23]、国民の間では難民への反感も高まっている。
言語詳細は「イタリアの言語(英語版)」を参照

公用語はイタリア語。エスノローグによる調査では、イタリア国民のうち約5,700万名がイタリア語を使用している[24]。欧州連合による調査では、イタリア語を母国語としているのはEU圏内で約6,500万名になっている[25]
方言・地方言語

等語線ラ・スペツィア=リミニ線があり、この線の北西の北イタリア(西ロマニアの側)と、南東にあたる中南部のイタリア(東ロマニアの側)では言葉が異なる。東ロマニアに分類される中部イタリアのトスカーナ州の言葉を中心に標準語が形成されている。北イタリアではフランス語などに近い西ロマニアの言葉であるガロ・イタリア語を使用する[注釈 6]

イタリアは歴史的に別の国に分かれていた期間が長いため方言の差が激しいとされているが、そもそも言語成立の過程にも複雑な事情が絡んでいる。古代ローマで話されていた言葉(ラテン語)の俗語形である「俗ラテン語」が、ローマ消滅以降にかつての統治領(イタリア・フランス・スペインなど)ごとに統一性を失って方言化した際、イタリア各地のラテン語方言がイタリア地方特有の変化を遂げたと判断した人々が、近世になってこれらをひとつの言語体系(イタリア語)と定めたことに起因する。

言語と言語の違いを研究する作業は古くから言語学の分野で行われていたが、どの程度の類似性をもって「同じ系統の言語」(方言)とするのか、あるいは「異なる系統の言語」とするのかの客観的判断はほとんど不可能で、結局は個々人の価値観に頼るしかなく、民族問題や領土主張との兼ね合いもあって政治的判断が下されるケースが多い(「言語とは軍に守られし方言である」という皮肉も存在する)。よってイタリア語も方言の集合体とするか、無数の独立言語とするかは政治的に決定され、当時の民族主義政策に基づいて方言であるとされた。近年はEU統合の流れから欧州各国で方言を地域言語と認める動きが芽生え始めており、イタリアでも方言を地域言語として承認するべきかどうか盛んに意見が重ねられている。こうした現象はイタリアだけでなく、同じ経緯を持つほかのロマンス諸語でも発生しているほか、ゲルマン語派のドイツ語でも方言の尊重と権利拡大が進められている。

現在、エスノローグはイタリア共和国内に以下の少数言語の存在を認めている。

イタリア語(国家公用語)

ガロ・イタリア語(ヴェネト州以外の北イタリア)

ヴェネト語(ヴェネト州)

ナポリ・カラブリア語南イタリア

シチリア語(シチリア州と南部の一部)

サルデーニャ語(サルデーニャ州

外国語

一部の特別自治州、ヴァッレ・ダオスタ州でフランス語、トレンティーノ=アルト・アディジェ州ではドイツ語も使用する。フリウリ地方ではフリウリ語、南ティロルではラディン語という、イタリア語よりラテン語に近いレト・ロマンス語系の言葉を母語とする住民もいる。また、最南部のカラブリア州には東ローマ帝国統治下(マグナ・グラエキア)の影響を残すギリシャ語系のグリコ語の話者も存在する。さらに、オスマン帝国時代のアルバニアからイタリア南部に定着した人々の子孫はアルバニア語の方言を母語とする。サルデーニャ島では、イタリア語系のサルデーニャ語(イタリア語の一方言とする説もある)が話される。アルゲーロではアラゴン=カタルーニャ連合王国支配の影響からカタルーニャ語の方言が話される。
婚姻

婚姻においては基本的に夫婦別姓となっているが、結合姓も認められている。

子の姓に関しては、伝統的には父親の姓としていたが、父親の姓としなければならないという法律は存在しないとの理由で、母親の姓を子の姓としてよいことが裁判を通し2012年に認められた[26]

また、イタリアはきわめて離婚が少ない国として知られている[27]
宗教バチカン市国南東端にあるカトリック教会の総本山、サン・ピエトロ大聖堂詳細は「イタリアの宗教」を参照

イタリアの宗教 (2018年12月)[28]宗教%
キリスト教8686 
カトリック教会7979 
東方/オリエント正教55 
プロテスタント11 
他のキリスト教諸派11 
その他の宗教33 


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