ヨーロッパの大陸棚周辺にある海域で最も小さい海峡であり、約7万5000平方キロメートルの範囲がイギリス海峡と呼ばれている[6]。大陸棚上にある海峡であるため[4]、最深部で172メートル[4]、平均水深54メートルの浅海であり[4]、フランス海岸近くにイギリス領であるチャネル諸島がある[4]。 16世紀から18世紀の前半にかけて、オランダの海図に「エンゲルス海峡」 (オランダ語: Engelse Kanaal) と記載されて以来、「英仏海峡」の名前は広く使用されている。また、「ブリティッシュ海峡(イギリスの海峡)」 (英語: British Channel) として知られている[7]。それ以前にはブリティッシュ海(イギリスの海)として知られており、2世紀の地理学者であるクラウディオス・プトレマイオスの "Oceanus Britannicus" にもそう記載されている。同様の名称は1450年代のイタリアの地図 "canalites Anglie の上でも使用されている。これは最初の「海峡」名の使用である記録と考えられる[8]。 フランスでの「ラ・マンシュ海峡」という名称は17世紀以来継続して使用されている[6]。名前の由来は英仏海峡のスリーブ(英語: sleeve, フランス語: manche)からであると言われているが、スコットランドではケルト語で「海峡」を意味する「ミンチ海峡」が語源であると主張されている[9]。平凡社の世界大百科事典によれば、西端から東端に至る過程で徐々に狭まる海峡の形状を、フランス語で「袖」の意味を表す「ラ・マンシュ」に喩えたのが由来であると説明されている[4]。 海峡の形成は比較的新しい時代のもので、最終氷期末期の約1万年前までは、陸地であった。その後、45 - 18万年前に氷床の融解により北海南部に淡水湖が形成されたが、これがウィールド地方 - アルトリア丘陵方面で発生した壊滅的な大規模洪水によって大西洋と連結され、海峡が形成されたと考えられている。1秒辺りの最大放出量は100万立方メートルを超え、洪水は数ヶ月続いたと考えられる。洪水に至った原因については特定されていないが、淡水湖の水圧が地震によって圧縮強化されて引き起こされたと推定されている。ヨーロッパ大陸とイギリスを繋げていた地峡を破壊したと同時に、洪水は巨大な岩盤で形成された谷を英仏海峡の下側に刻み、流線型になった島と壊滅的な洪水の爪痕を残した[11]。 ここではイギリス海峡に注ぐ河川を列挙する。 イギリス海峡はイギリスにとって自然の要塞とも言える主要な防衛線で、北海から大西洋へと続く海峡の封鎖のコントロールと軍の侵入を阻止する役目を持っている。ヨーロッパ側の海峡に面したオランダとベルギーの港が重要視されており、1588年のアルマダの海戦やナポレオン戦争の間のナポレオン・ボナパルトの侵入を防いだ。
名称
地理
範囲イギリス海峡の地図
海峡の形成
河川
フランス
セーヌ川 - 全長780キロメートル[12]。ソンム川 - 全長245キロメートル[13]。オルヌ川 - 全長152キロメートル[14]。
チャンネル諸島が望まれています。
歴史「イングランドの歴史」および「フランスの歴史」も参照