イェスゲイ
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^ 村上 1970,p69-72
^ アンバガイ・カンの子
^ テムジン・ウゲ(TemuJ?in Uge,TemuJ?in Oke)、「テムジン」とはtemur?iすなわち「鉄を作る人」とか「鍛冶屋」の意がある。中世モンゴル語では、nomen agentisの?iを付する場合、huker→huke?iのように、中間のrを落とすことが普通である。なお、この場合のugeとは「言葉」の意味ではなくて、オゴデイ・カアンのogo~okeなどと同じ語源のもので、ポール・ペリオによれば、古代アヴァール語における「賢者」の意であろうという。≪村上 1970,p79≫
^ コリ・ブカ(Qori Buqa,Q?r? B?q?)、『元朝秘史』の写し方によれば、「コリ族の牡牛」あるいは「二十匹の牡牛」の意となろう。≪村上 1970,p79≫
^ 「デリウン(deli'un<deligun~deliguu)」は「脾臓」の意。budaγは「峰・岳」の意があり、「脾臓の形をした山」の意となる。モンゴル人学者のドルジスレンの説によると、この山の位置はモンゴル部族発祥の聖地ブルカン岳に近く、オノン河源の地で、オノン河がバルジ河と合流する地点にあり、現在ではモンゴルのヘンテイ・アイマクのダダル・ソムのほぼ中央に当たるという。≪村上 1970,p79≫
^ 村上 1970,p78
^ デイ・セチェン(Dei Se?en,De? S???n,特薛禅,徳薛禅)、「デイ」とは漢語の「大」の発音の口蓋化された形。つまり、口蓋化現象の多かった契丹語を介してモンゴル語に移入した語か。ちなみに、モンゴル時代では「大」という漢字は、明らかに「dai」と発音されていた。たとえば、大元帝国をDai On Ulusというように。なお、「セチェン」はテュルク語の「ビルゲ」に当たる言葉で「賢者」の意。つまり全体で、「大賢者」を意味する。『集史』では「De? N?y?n(大諾顔)」とも呼ばれていたという。≪村上 1970,p86≫
^ 村上 1970,p78-95
^ 村上 1970,p99-102
参考文献
アブラハム・コンスタンティン・ムラジャ・ドーソン(訳注:佐口透)『モンゴル帝国史1』(1989年、平凡社、ISBN 9784582801101)
村上正二訳注『モンゴル秘史1チンギス・カン物語』(1970年、平凡社、ISBN 9784582801637)
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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