アルゼンチン
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また、2010年代以降、カタマルカ州フフイ州塩湖リチウムの生産源として注目されている[22]。しかし、水質汚染、先住民の人権侵害、開発に関する事前協議がないことなどの環境保護活動が活発なため、開発が不十分である[23]。アルゼンチン国内にフォード、GM、トヨタなど完成車メーカー10社が自動車を生産している[24]。主に国内農業で使用されるピックアップトラックや多目的車が製造されている。2020年に新型コロナウイルスの影響でバス・トラックを除く自動車生産台数は2004年以降初めての30万台を下回った[25]

2度の世界大戦にいずれも直接関与せず、各国への農畜産品の輸出により大きな利益を得た20世紀半ばまでは、世界有数の富裕国であった。第二次世界大戦後、国民主義志向のフアン・ペロン政権は、保護主義的な工業化偏重政策をとるが、産業構造の転換に成功せず、次第に経済が低迷した。ペロン以降顕著になった、福祉のための放漫財政や、彼の残した労働組合(CGT)の強さにより、投資のしづらい国となり、1960年代以降に頻発した政変に加え、1982年のフォークランド紛争とその敗北、民政移管後も長年の放漫財政のツケや敗戦のショックの影響で混迷する経済状況に安易なポプリスモで対処したため、累積債務は雪だるま式に増えていった。特に1988年から1989年の間には5,000%というハイパーインフレーションを記録、物品の価値は1年間で50倍に跳ね上がり、ペソは紙屑同然と化し、経済は崩壊状態となった。結局、アルゼンチンは1989年に対外債務のデフォルトを宣言した。この間の混迷による富裕層の没落、中産階級の海外流出が続くなど、経済は混迷の度を深めた。

その後、1988年から親米・親IMF路線を掲げたカルロス・メネム政権の新自由主義路線により、1990年代には年率9%にも達する経済成長を遂げるなど、一時的に回復した。しかし、1999年に起きたブラジルのレアル切り下げでペソが相対的に高くなり、輸出競争力を喪失、国際収支は悪化した。結果的に通貨危機(ペソの対米ドルペッグ制崩壊)により完全に暗転、2001年11月14日には国債をはじめとした債務のデフォルトを宣言する事態に陥り、経済が再び破綻。国際的な信用や評価は地に落ちた(アルゼンチン通貨危機)。

2度目のデフォルトにより国内の貧困も拡大し、1980年代に国民の約60%を占めていた中間層は、2005年には国民の約20%となり[26]、他方貧困率2002年には53%に達し[27]イタリアスペインに職を求め大量の国民が流出、その中には医者・弁護士などの知識層も少なくなかった。かつてラテンアメリカで比類なき中流層の国であり、「南米の指導者」としての影響力も備えていたアルゼンチンは没落し、政経両面でチリやブラジルに抜かれる形となった。

このようにペロン政権以来、一貫した経済政策がとられなかったツケが回り、21世紀に入って早々に経済が破綻してしまったものの、2002年変動相場制を導入し、通貨安のために輸出が拡大してからは持ち直し始め、2003年に就任したネストル・キルチネル政権は、IMFの干渉を排除するため、100億ドル近い債務を完済し、2000年末の経済破綻直後の失業率24%を、2006年5月には11.4%にまで改善した。さらに、2003年から2007年まで平均約8%の高成長を続け、2006年7月9日の独立190年記念式典でキルチネルは「われわれはIMFにチャオ(さよなら)を告げた」と演説するなど、経済危機から立ち直りつつあった。しかし、再び対外債務率が上昇、2010年には債務額を大幅にカットする形で債務交換を強行して9割以上の債務を再編、アメリカ合衆国との国際問題に発展した。

現在はメルコスール加盟国であることにより、南米諸国との経済交流の活発化による諸外国からの投資の増大に、経済の復活を賭けている。特にブラジル、ベネズエラとは政治面でも関係を深め、ベネズエラからの南米大陸縦断天然ガス輸送管の設立も計画している。アルゼンチンは一向に回復しない内需、および内需不振の主要な一因である人口の3?4割に達する貧困層の存在など課題が山積している中で、これらを解消しつつ、どのようにして競争力のある新しい産業を育てるか、あるいは国内の法制度、政治文化などの歪みからくる投資リスクをいかに下げるかなどにかかっている。

2020年12月3日、アルゼンチン・カトリック大学の社会負債調査研究所が調査結果を公表し、貧困層が人口全体の44.2%(前年同期は40.8%で3.4ポイント増)に達していること、失業率は14.2%(前年同期は10.6%で3.6ポイント増)に悪化していることが示され、景気低迷に加えて新型コロナウイルス感染症の世界的流行の影響が指摘されている[28]。2022年10月には、世界的な物価高騰の影響を受け、物価上昇率は前年同月比+88.0%になっており[29]、年末には100%に達するとの予測が出されている[30]。貧困率は、2022年上半期には36.5%に達した[31]
近年の経済指標

アルゼンチンの2021年の名目GDP(国内総生産)は4,867億ドル[32]、実質GDP(国内総生産)は5,681億ドルである[33]。これは、2021年世界の名目GDPランキングの29位である[34]。2021年のGDP成長率は、前年比10.4%と2017年以来4年ぶりのプラス成長となった[35]
貿易

2021年の貿易収支は黒字で、輸出額は前年比42.0%増の779億3,400万ドル、輸入額は49.2%増の631億8,400万ドルである[36]

アルゼンチンの主要な輸出相手地域・国は、ブラジル (15.1%)、EU27 (12.7%)、中国 (8.1%) である。一方、アルゼンチンの主要な輸入相手国は、中国 (21.4%) 、ブラジル (19.6%) 、米国 (9.3%) であり、自動車及び同部品、燃料(ガス、軽油など)を主に輸入している[35]
日本

2021年度全期の日本からアルゼンチンへの輸出額は、前年度比54.6%増の988億円で、自動車及び部品を主に輸出している。日本のアルゼンチンからの輸入額は、前年度全期額の約2.3倍の1,157億円で[37]、トウモロコシ、大豆などの穀物、大豆油かすなどの食品加工品を輸入している。(前年度は新型コロナウイルスの感染拡大で経済が停滞した。)

日本は、アルゼンチンの輸出相手国として28位、輸入相手国としては11位である[35]
交通詳細は「アルゼンチンの交通(英語版)」を参照ロサリオのビクトリア橋を通る貨物船

アルゼンチンのインフラは他のラテンアメリカ諸国に比べると良好である[38]。約21万5,471キロ[39]の道路網と734キロの高速道路[40]があり、その多くが民営化された。多車線の幹線道路は現在いくつかの主要都市を結び、さらに現在工事中である[41]

アルゼンチンの鉄道網は総延長3万1,000キロ以上である。ブエノスアイレスの地下鉄(Subte、スブテ)はスペイン語圏、ラテンアメリカ、南半球全域の中でもっとも早く建設された[42]

アルゼンチンには約3,000キロに及ぶ水路があり、多くはラ・プラタ川、パラナ川、ウルグアイ川、ネグロ川、パラグアイ川を通行する。
国民詳細は「アルゼンチン人」を参照「アルゼンチンの民族(英語版)」も参照

アルゼンチンの国民はヨーロッパ系が85%、メスティーソおよびインディヘナなどが15%である。もっともヨーロッパ系アルゼンチン人の占める比率は89.7%[43]から97%[44]と資料によって大きな差があり、近年の研究では実はアルゼンチン国民の56%に先住民の血が流れていることが明らかになっており[45]、自らを白人だと認識しているアルゼンチン人の過半数に、実は先住民の血が流れていることになる。

ヨーロッパ系アルゼンチン人にはイタリア系、スペイン系、ドイツ系の住民が多く、中でもイタリア系が一番多い。このイタリア系統の荒い言葉遣いが現在のアルゼンチン人全体の性格に受け継がれているため[要出典]、アルゼンチンのスペイン語にはイタリア語ナポリ方言の影響が強く見られる。イタリア移民が多いので第二のイタリアと認識されることもあった[要出典]。

アルゼンチン人はしばしば「燃えたぎるような愛国者」と形容され、自国への批判に異常に敏感であるが[46]、その一方で概して国を批判する傾向がある。


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