過去の共作者スティーヴン・ビセットが自己出版するアンソロジーコミック誌 Taboo では、内容に制約を受けることなく性や暴力、政治や宗教といった題材を自由に追求することができた[247]。ムーアが同誌で行った連載の一つ目は、1880年代の切り裂きジャック事件をフィクション化した『フロム・ヘル』(1989年)[注 31]である。数多くの歴史的・社会的テーマを取り込んだ芸術志向の野心作だった[248]。Taboo は短命に終わり、『フロム・ヘル』は小出版社からコミックブック形式で続刊が出た[249]。しかしDC期のように締め切りに束縛されなくなったことで各号の執筆期間は延びていき、新刊を追い続けるのも困難な状況にファンも離れていった[250]。『コミックス・ジャーナル』の論説によると、カジュアルな読者を拒絶するかのようなムーアの行動は半ば意図的なものだった[251]。1999年、10年越しに完結した『フロム・ヘル』は単行本化と映画化を経て名作としての評価が確立している[249]。
Taboo で開始されたもう一つの作品 Lost Girls(1991年)はムーアによると知的なポルノグラフィだった[252][253]。作中では、セックスのアンチテーゼとしての世界大戦の前夜、成長した児童文学の女主人公たちがウィーンのホテルに集い、互いに性の目覚めを物語る[254]。原典の内容は性体験のメタファーとして解釈される[255]。ムーアはティファナ・バイブルやロバート・クラムを例に挙げて非主流のコミックにポルノの伝統があると主張しており[256]、芸術的水準の高いポルノ・コミックを作ることを一つの挑戦と考えていた[257][258]。Lost Girls は Taboo 廃刊後に出版の当てがないまま書き続けられ、2006年に完成するとトップシェルフ(英語版)から刊行された[259](作画のメリンダ・ゲビーとムーアはその翌年に結婚した[26])。児童ポルノと受け取られうる内容を含むものの、おおむね芸術的価値が認められて各国で出版・販売が実現し、高い評価を得ている[260]。同年にムーアはポルノグラフィの歴史をたどる論説を発表し、社会の活力は性的な寛容さによって決まると論じて公の評価に耐える新たなポルノの必要性を訴えた[261]。