アラン・ムーア
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80年代の作品はヒーローの自警行為にともなう暴力性や全体主義に光を当て、作中人物や読者の動機が性的対象化に支えられていることを指摘した[8]。「ヒーロー=敬意の対象」という前提はムーアによって過去のものになった[185]。しかし自身の影響によってインモラルなアンチヒーローや暴力を特徴とする「グリム・アンド・グリッティ」が流行すると[395]、そのようなヒーロー像へのさらなるリヴィジョニズムとしてキッチュとイノセンスを打ち出している[396]。また別に、児童文学やホラーのようなジャンルから性的な文脈を暴き出した作品もある[397]

ジャンル脱構築の性格が明らかな作品以外にも、古典文学からキャラクターを借用した「リーグ」のように間テクスト性の強い作品が多い[398]。文芸翻訳者アンナリーザ・ディ・リッド[399]はムーアの作品に引用句、引喩、パロディ、… 良く知られた作品やパターンの再検討という形で常に間テクスト性が見られると述べている[400]。エアーズは既存のテクストを取り上げて作り変え、新鮮で力強く、なおかつ原典と豊かに響き合う何かを生み出す才能を持つ熟練の翻案家と書き[401]、メディア横断的な参照が行われる現代ポップカルチャーを先取りしていたと論じた[402]

ランス・パーキンはムーアの間テクスト性の源流をコミック原体験に求め、スーパーヒーロー・コミックが過去の物語の絶えざる語り直しであり、それ自体の歴史や神話を題材とする自己完結的なメディアだと指摘した[403]。パーキンによるとムーアはその手法を押し進め、コミックにとどまらず小説やジャーナリズムのようなあらゆるナラティヴを包含していったのだという[403]。英文学者の福原俊平は、その間テクスト的な運動が物語が持つ可能性に対するムーアの信念の反映であり、コミックの形式を変革するため、また作品に時代と地域を超えた普遍性を与えるために活用されていると論じた[404]
社会性・政治性「誰も [絵や文章に] 人間や社会を変革する力を見ていない。単なるエンターテインメントと思っている。死ぬのを待つ間の20分、30分を埋めるためのものだ。
受け手が欲しがっているものを与えるのは芸術家の仕事ではない。… 受け手に必要なものを与えるのが芸術家の仕事なのだ[405]」(写真は2009年)

ディ・リッドによると、ムーア作品は物語そのものについてのメタ的な考察であると同時に現実社会を分析する手段でもある[406]。ポップカルチャー研究者コーリー・クリークマーは、ムーアのスーパーヒーロー・ジャンルへの関心にもしヒーローが実在したらどんな政治的機能を果たすか?という社会的な問いがあったと述べている[396]

ムーアの作品は政治的な主張が強く、その点で一般コミックファンの好みとは逆行している[407]。エアーズは作品にアナキスト的、左派リバタリアン的な価値観が込められているとしている[408]。反格差を掲げる占拠運動の刊行物に寄稿した論説(2012年)では、コミックを民衆による政治表現の伝統に連なるものだとしている[409]。支配者、神、制度に対する健全な懐疑主義に根差した偉大な伝統 … 真に大衆的な芸術形式であり … 正しく使われれば社会変革の道具としてこの上ない力を発揮することできる[330]。その本来の姿が、1930年代に成立したコミックブック出版によってエンターテインメント産業の一部品[330]に堕したというのがムーアの主張だった[409][410]。とはいえ、ムーアの関心は読者に明快な思想を提示することではなく、あいまいで矛盾をはらんだ領域に向かっている[408]。ムーア自身、代表作『ウォッチメン』のテーマでもっとも興味深いのはこの世界が多くのエゴ、欲求や欲望、偶然で無原則な出来事の絡み合いからなるという世界観であり、それが一つの政治的声明だと述べている[411]
時間と歴史

ムーアは自身の個人的な大テーマが時間だと述べている[412]。作品ではコミックで時間を表現するための実験が様々に行われており[412]、『ウォッチメン』では映画でいうクロスカッティングや文学でいう意識の流れに通じる非線形の時間表現が試みられている[413]。ムーアはここで、異なる時空に属するコマが同時に目に入るコミックの特性を巧みに利用して、ほかのメディアよりも自然な感覚を作り出している[413]。また時間への関心は歴史のテーマとも結びついている[391]。[…] 我々一人一人の存在価値、我々の生の意義をわずかにでも実感するには、それらの生がどこから来たのか、我々がどうやってここにたどり着いたのかを、個人のレベルであっても、あるいは文化や国家、旧石器時代にまで続く歴史のすべてであったとしても、必ず知らなければならない。私はそういうことに惹きつけられる。—アラン・ムーア(“The Dark Side of the Moore: An Interview”、2003年)[413]

時間を含む四次元時空を一つの連続体としてとらえる視点はムーア作品によく登場する[413]。『ウォッチメン』のDr.マンハッタンはこの時空観を体現したキャラクターで、常に過去・現在・未来を同時に知覚する能力を持っている[413]。未来が歴史の中であらかじめ定められているという視点は決定論ニヒリズムに傾きうるものだが、マンハッタンは最終的に、混沌の中から偶発的に人間存在が発生するプロセスの全体に意味を見出す[414]。時空的な全体性の感覚が生に意味を与える可能性となるというアイディアはそれ以降の作品でも扱われている[414]
性愛とレイプ

ディ・リッドはムーア作品の多くが性愛から衝動を受けていると指摘し、エロティックな感覚に満ちたパンセクシュアルな物語世界だと呼んでいる[415]。ディ・リッドによると、ムーアは反復的で自動的なポルノグラフィの形式を借りた作品で性が持つ力を取り扱い[416]、『プロメテア』のユートピアや Lost Girls の自己発見に代表されるように、個人の達成と共同性の実現というアナキズムの理想をそこに表現している[417]。しかしムーア作品で描かれる性はきれいなものばかりではない[418]


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