アラン・ムーア
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ディ・リッドによると、ムーアは反復的で自動的なポルノグラフィの形式を借りた作品で性が持つ力を取り扱い[416]、『プロメテア』のユートピアや Lost Girls の自己発見に代表されるように、個人の達成と共同性の実現というアナキズムの理想をそこに表現している[417]。しかしムーア作品で描かれる性はきれいなものばかりではない[418]

フェミニスト批評家はムーアがフェミニズム思想を持っていると大勢において認めているが[419]、一方で女性に対するレイプがムーア作品に頻出することもまたよく批判されている[420][421]。80年代の『バットマン: キリングジョーク』では歴史の長い女性キャラクターが性的に辱められ、暴力の後遺症で下半身不随になる[422]。その衝撃とムーアの高名が相まって、同作はスーパーヒーロー・ジャンルにおいて女性への暴力が「シリアスさ、深み」として受け取られる風潮の一因となった[423]。『キリングジョーク』はフェミニストから批判を集めており[424]、ムーア自身も後に「暴力描写が作品に何の価値も与えていない」失敗作だと発言している[425]クトゥルフ神話の性的側面を扱った2010年代の『ネオノミコン』でも、主人公が怪物に妊娠させられることによってある種の解放を得るストーリーが論議を呼んだ[426]。ムーア自身によると、生地ノーサンプトンの「バロウズ」地区は非常に治安が悪く、身近に多くのレイプ被害者がおり、レイプは現実の一部であって正面から取り扱う価値がある[354]。しかしレイプをエロティックなものとしては扱わない、物語を刺激的にするためだけにはレイプを用いない、被害者に見せられないようなものは書いていない、というのだった[354]。実際、全編で性器と性行為を描いているポルノ作品 Lost Girls(2006年刊)でもレイプは1シーンでしか登場させず、それも画面外の描写にとどめている[354]
技法
形式と構成

初期のコミックストリップから後年の作品に至るまでプロットの緻密さで知られており[427]、結末が冒頭とつながる円環的な構成が多い[428]。形式上のシンメトリーへのこだわりも強く[127][429]、冒頭からの各ページが結末からの各ページの鏡像となるようにコマ割りされた作品もある[430][431]。ダグラス・ウォークによると遊びのない構成は読んでいて息が詰まるほどだが、ジャンルや物語構造の定型を覆して読者の予想を裏切っていく作風がそれを緩和させているという[429]『ウォッチメン』を象徴するスマイリーバッジ[432]。血で汚された無邪気な笑顔は、コミックの幻想に対する辛辣さの表明とも受け取れる[433]

コマの中には膨大な情報が描きこまれている[434]。『ウォッチメン』の冒頭第1コマは「血に染まった街路にスマイリーバッジが落ちている」というだけの構図だが、原作スクリプトでそのコマの描写は日本語にして1500字を超えていた[435]。丸いバッジに飛び散った血は真夜中の5分前を指す時計の針を形作っている。これは『ウォッチメン』全編に散りばめられた終末時計メタファーの一つ目である[436]。時計やカウントダウンのイメージは作品の随所に偶然のように置かれており、バッジそのものも後のシーンで再登場する[436]。そのような、多くのイメージが織りなすパターンや偶然の絡み合いによる多重構造のストーリーはムーアが好んで用いたものだった[437]。映画評論家の柳下毅一郎は、コマの端に描かれた人物や路上の落書きまでが役割を持つ『ウォッチメン』について現実には無意味な人間などいないし、無駄なエピソードなどない。すべての人が物語の主人公だ。それをコミックにおいて実現したのがムーアの多層的ストーリーテリングだったと書いている[39]

絵と言葉で相反する内容、もしくは一見無関係な内容を伝え、それによって重層的な意味を生み出すアイロニックな対位は特徴的な技法である[434]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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