アラビア文字
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なお、フィリップ・K・ヒッティ(レバノン出身)は、「アラビア文字は、世界でラテン文字の次に広く使われている文字である」と『アラブの歴史(上)』(原著1937年発行)の中で述べた。そして、使用言語として、ペルシャ語アフガン語ウルドゥー語トルコ語ベルベル語マレー語をあげた[2]

2017年の報道によると、ヴァイキングの墓から見つかる死装束にアラビア文字が織り込まれていたことを、スウェーデン、ウプサラ大学のアンニカ・ラーソンが発見した。これらの衣服は100年以上前に見つかったものだが、ヴァイキング時代の典型的な死装束として片付けられ、そのまま保管されていた[3]。ラーソンによると、死装束に織り込まれた細かい幾何学模様は、北欧では見たことがないものだったという。これらはヴァイキングが独自に編み出した模様ではなく、クーフィー体という古い書体のアラビア文字だった[3]。研究者は文字を拡大し、裏側からも含め、あらゆる角度から見てみた。頻繁に見つかったのは、イスラムの第4代カリフの名前「アリ」と、アラビア語で神を表す「アラー」という単語だった[3]。ただ、この文字を「アラー」と読むことについては、テキサス大学のステファニー・モルダーらによって疑問が呈されている[4]
アラビア文字と言語

現在、表記にアラビア文字を使う言語は、アラビア語ペルシア語ダリー語クルド語パシュトー語バローチ語アゼルバイジャン語(主にイラン領で)、シンド語ウルドゥー語カシミール語パンジャブ語(主にパキスタン領で)、ウイグル語カザフ語(主に中国領で)、キルギス語(主に中国領で)、ベルベル語マレー語(主にブルネイ、そしてマレーシアやインドネシアでは、ムスリム向けのメディアや宗教関係)、モロ語(英語版)(主にフィリピンのモロ族)、ジャウィ語バルティー語ブルシャスキー語などである。

表記がアラビア文字からラテン文字に変更された言語は、トルコ語マレー語スワヒリ語などがある。文字改革が行われる理由として、日常生活からのアラビア文字の排除による脱イスラム化・西欧化を狙うという動機のほか、簡略な表記体系により識字率の向上をはかること、母音が表記しやすくなることが挙げられる。しかし、アラビア文字を改良して母音表記を徹底し、簡略な表記体系を作り上げることに成功した事例もあるため、実際は言語学的な事実よりも、『ヨーロッパ=進歩的』という観念に基づく発想によりアラビア文字が敬遠された面が大きい。これらの言語でも、ラテン文字化へとすんなり舵を切ったわけではなく、アラビア文字を改良して、自言語に完全適用した文字体系にすることで効率のよい表記を達成しようとしたグループも存在した。

マレー・インドネシア語、スワヒリ語など、多くの言語では、政府公用の表記法にてラテン文字が採用される一方、民間や宗教関係ではアラビア文字の使用は継続した。私的な教授や伝承、使用についても特に妨害を受けなかった。またマレーシアでは、マレー語のアラビア文字表記もラテン文字表記に一歩譲るものの、学校で第2正書法として教授されている。しかしトルコのみはアラビア文字による出版物を禁止することで、アラビア文字の使用そのものを断ち切る形でラテン文字化を遂行した。現在でもトルコでは、この時定められたトルコ語表記用のラテン文字29文字以外の文字を用いた出版物を一部を除いて禁止しており、アラビア文字によるトルコ語表記のみならず、クルド語への弾圧の道具にもなっている[5]

チェチェン語タタール語カザフ語キルギス語トルクメン語ウイグル語ウズベク語タジク語ドンガン語などの旧ソ連内のムスリム(イスラム教徒)の諸民族の言語の表記にはロシア革命直後に一時ラテン文字化が試みられたが、スターリンの粛清が始まるとロシア語にならったキリル文字に改められた。なお、当初はラテン文字ではなく、ロシア連邦内のムスリムの間では、アラビア文字を改良して用いるべきという案を唱える知識人も多かった。現在でも、公式の文字表記はラテン文字やキリル文字であっても、アラビア文字も民間や宗教関係で使用され続けている。

アゼルバイジャン語、トルクメン語、ウズベク語、タタール語などはソビエト連邦の崩壊後、さらにラテン文字への再切り替えが進められている。

また中国ウイグル語等のムスリム少数民族の言語は、かつてはソ連の影響でキリル文字化が図られ、中ソ国境紛争後はさらにソ連との違いを明らかにするためにピンイン風のラテン文字正書法が行われたが、1980年代の民族政策の転換によりアラビア文字が復活された。なお、現在のウイグル語で用いるアラビア文字はアリフ、ワーウなどに点を付加した文字を用い、8つある母音の全てを書き分ける独特なものである。

また、中国に住んでいる中国語(漢語)を話すムスリム(回民、現在の回族)は、アラビア文字で口語体の漢語を書き記すことがあった。このアラビア文字表記の漢語を小児経(小児錦とも)といい、クルアーンなどの経典の注釈に使われて印刷もされたほか、手紙や日記などの個人的用途に使われた。現在でも回族が集中的に居住する寧夏甘粛では小児錦が部分的に使われているという。また、旧ソ連に移住した回民はドンガン人と呼ばれるようになるが、ドンガン語と呼ばれる彼らの話す漢語の一種もかつてはアラビア文字で書かれていた。また、中国国内のドンシャン族サラール族も、アラビア文字による自言語表記を行っている。

スペイン語も、主に国内のイスラム教徒の間においてアラビア文字で書かれたことがある。

アラビア文字はもともと子音のみで語根が決まるセム系言語のために作られた文字であった、同じセム系文字を起源とするヨーロッパアルファベットが文字の転用により母音を全て書き分ける方向に向かったのに対し、アラビア文字はそのような発展をしなかった。セム系言語に限れば、文脈で母音の読み方はほぼ決定するため、アラビア文字は合理的な文字といえる。しかしセム系言語とはまったく違った言語的特徴を有するペルシア語ヒンドゥスターニー語トルコ語オスマン語)、マレー語などに導入された際はこの特徴が逆に不便と考えられることが多い。実際にはこれらの言語でもアラビア文字の改良は主として子音の追加、転用にとどまり、母音の完全な表記へと進むことは少なかった。母音の完全表記に至ったのはウイグル語やクルド語等である。
太陽文字・月文字

アラビア文字は太陽文字と月文字の二種類に分かれる。
太陽文字

アラビア語で、定冠詞の "??" (al-) の /l/ の音が後の文字と逆行同化して長子音となる文字を太陽文字 ????? ?????(?ur?f shamsiyya, フルーフ・シャムスィーヤ)という。具体的には、/l/ と調音点が同じ、または近接である舌頂音 (歯音歯茎音後部歯茎音) を表す文字である。「太陽」を意味する ??? (shams, シャムス)の語頭の文字 ? が含まれるためこう呼ばれる。

例えば、 ??? に定冠詞がついた場合、 ????????? (ash-shams, アッ=シャムス)となり「アル=シャムス」とは発音しない。すなわち、アラビア語の定冠詞である ?? の直後に太陽文字が来る場合には定冠詞は「アル」と発音するのではなく、太陽文字が2つ重なって発音される。具体的には、?, ?, ?, ?, ?, ?, ?, ?, ?, ?, ?, ?, ?, ? が太陽文字である。
月文字

定冠詞の /l/ の音が同化しない文字、つまり太陽文字以外を月文字(????? ?????, ?ur?f qamariyya, フルーフ・カマリーヤ)という。「月」を意味する ??? (qamar, カマル)の語頭の文字 ? が含まれるためこう呼ばれる。

??? に定冠詞がついた場合、 ????? (al-qamar, アル=カマル)となる。左記のアル=カマルのように定冠詞 ?? の直後に月文字が来る場合には、定冠詞は「アル」と発音する。また、具体的には、? (?) , ?, ?, ?, ?, ?, ?, ?, ?, ?, ?, ?, ?, ? が月文字である。

標準アラビア語の子音音素、黄色は太陽文字 唇音強調なし強調音硬口蓋音軟口蓋音口蓋垂音咽頭音声門音


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