アメリカ選挙人団
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誓約違反誓約違反投票に対する罰則がある州(赤)

選挙人が誓約を違えて別の候補に投票することは、連邦法上は自由であり、1948年から2016年まで16人が確認されている[13][14]。しかし、2016年大統領選挙までに、そのような誓約違反投票が選挙結果に影響を及ぼした事例はない。右図に示す州の州法では誓約どおりの投票を義務としており、誓約違反投票に対しては罰金が科される場合もあるが、そのうち大半の州では投票自体は有効とされる。ミシガン州ノースカロライナ州ユタ州の州法では、誓約に反して投じられた票は無効とされ、その票を投じた選挙人は別の者と交代させられる[15]
非誓約選挙人

近年立候補している選挙人候補団は、いずれかの候補ペアへの投票をあらかじめ誓約している。既に、19世紀の選挙人団は誓約選挙人がほとんどを占めていた。

しかし、選挙人候補に誓約を義務付けるかどうかは州の裁量とされている。1952年のレイ対ブレア事件(英語版)の最高裁判決がその法的根拠とされる。そのため州の制度次第で、誓約選挙人候補団しか立候補できないケースもあれば、自由判断で投票することをあらかじめ言明する非誓約選挙人候補団が立候補することが可能なケースもある。このような非誓約選挙人による自由判断に基づく投票は、前節の誓約違反とは区別される。

かつては、党内対立が激しい場合に地方組織の造反として非誓約選挙人候補が擁立されることもあった。

1944年大統領選では、南部の民主党の一派が、指名候補フランクリン・ルーズベルトニューディール政策と反人種差別政策に反対して、分派政党を立ち上げて「(大統領)候補者を特定せず」とする選挙人候補団を擁立している。民主党非誓約選挙人から得票したハリー・バード

公民権運動時代には、南部の民主党が、党指名候補を拒否して非誓約選挙人候補団を擁立している。1960年大統領選においては、ミシシッピ州で民主党指名候補ジョン・F・ケネディへの投票を誓約する民主党選挙人候補団と、ケネディを拒否する非誓約の民主党選挙人候補団がそれぞれ立候補し、共和党選挙人候補団を交えての三つ巴の選挙戦となったが、非誓約民主党選挙人団が比較多数を得て当選した。選挙人団は人種差別制度の維持を主張するハリー・バード(英語版)に投票している。またアラバマ州で当選した民主党の選挙人候補名簿には、ケネディへの投票を誓約する5名と非誓約の6名が記載され、非誓約の選挙人はバードに投票した。1964年大統領選においてもアラバマ州では非誓約の民主党選挙人候補団が、共和党誓約選挙人候補団との一騎討ちとなり、同州では民主党指名候補リンドン・ジョンソンへの投票を誓約する選挙人候補団は立候補できなかった。この時は同州では共和党が勝利している。

1968年大統領選では保守派が民主党から分裂してアメリカ独立党を結成して独自候補を立ち上げ、非誓約選挙人候補擁立戦術が使われなくなった。以後は非誓約選挙人候補団の立候補事例は稀である。1980年大統領選ではミネソタ州でアメリカ独立党の分流であるアメリカ党の地元組織が全国党大会指名候補を受け入れず、「(大統領)候補者を特定せず」として選挙人候補団を立候補させ、州内で0.3%の得票であった[16]
各州の選挙人割当数

各州における選挙人割当数の推移選挙年度18世紀***19世紀20世紀21世紀
889296
0004
0812162024
283236
40444852
566064687276
8084
889296
00040812
16
20
24
2832
36
4044
4852
566064
6872
76
8084
8892
96
0004
0812


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