アメリカ合衆国探検遠征隊
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船舶はスループ・オブ・ウォーのUSSビンセンズ(1828年建造、780トン)、同じくスループ・オブ・ウォーのUSSピーコック(1828年建造、650トン)、ブリッグのUSSパーポイズ(1836年建造、230トン)、全艤装シップのUSSレリーフ(物資運搬船)、補給線として機能するスクーナーのUSSシーガル(1838年建造、110トン)とUSSフライングフィッシュ(1838年建造、96トン)という陣容だった。

これと同時に、東インド戦隊の旗艦USSコロンビアに乗艦するジョージ・C・リード代将が、フリゲート艦USSジョン・アダムズと共に世界周航の過程にあり、回り道にはならない第二次スマトラ懲罰遠征のために泊まっていた。
遠征ルート

1838年8月19日土曜日9時にヘンリー岬灯台を通過した後、ウィルクスは一路リオデジャネイロを目指させた。ある危険箇所と報告されていた南緯10度、西経18度から22度の間の浅瀬を調査する命令を受けていた。この季節に特有の風を受けて、船隊は大西洋の東よりのコースを進んだ。

1838年9月16日、マデイラ諸島フンシャル港に到着した。幾らかの修繕を済ませた後、南に進路を取り、10月7日にはヴェルデ岬諸島(カーボベルデ)のポルトプラヤ湾に到着し、リオデジャネイロに着いたのは11月23日だった。アメリカからブラジルまで95日掛かっており、これは直行した場合の約2倍だった。ピーコックの修繕が必要だったので、リオデジャネイロを出港したのは1839年1月6日になっていた。そこからは南のブエノスアイレスリオネグロの河口を過ぎ、フランス海軍がアルゼンチンの海港を封鎖している側を過ぎた。当時のヨーロッパ列強はブラジルの助けを得て、アルゼンチン共和国の内政に干渉していた。しかし、この船隊がアメリカを出発する前に軍事能力を削っていたので、フランス艦船から困らせられることも無かった。

その後はチリティエラ・デル・フエゴペルーを訪問した。1839年5月に南アメリカ海岸で起きた暴風により、15人の乗ったUSSシーガルが行方不明になった。南アメリカからはトゥアモトゥ諸島サモアオーストラリアニューサウスウェールズを訪れた。1839年12月、シドニーから南極海に入り、バレニー諸島の西にある南極大陸を発見した。この大陸の一部は後にウィルクスランドと命名された。ウィルクス遠征隊の各船の記述違いと、それらが後に改変された可能性もあり、ウィルクス遠征隊とフランス遠征隊の間でどちらが先に南極大陸を視認したかについて議論がある。ウィルクス遠征隊は1月16日に海岸から175 kmにある「氷の島」を見て、海岸自体には1月25日に行っており、ジュール・デュモン・デュルヴィルフランス遠征隊は、1月20日に海岸を約400 km西方に見て、1月22日には本土から4 kmのジョルジー群島の小島に上陸し、鉱物、藻、動物の標本を採集していた。この議論には、USSパーポイズ艦長のキャドワラダー・リングゴールド大尉がデュルヴィルのアストロラブを視認した後で、慎重に接触を避けたというおまけがついた。

1840年2月、隊員の数人がニュージーランドで初のワイタンギ条約に調印する現場に居合わせた[2]

アストロラブを視認した後の遠征隊はフィジーを訪れた。1840年7月、隊員のアンダーウッド大尉とウィルクスの甥であるウィルクス・ヘンリー士官候補生の2人が、フィジー西部のマロロ島で食物を交換している間に殺された。この事件の原因は曖昧なままである。彼等の死の直前に、アメリカ人に人質に取られていた地元酋長の息子が、船から飛び出し、浅い水中を岸まで走って逃亡した。アメリカ人はその頭の上に発砲した。船上にいた隊員に拠れば、その逃亡はフィジー人が攻撃を開始する合図になるよう仕組まれていた。岸にいた隊員に拠れば、銃弾は実際に地上での攻撃を突発させた。アメリカ人は60人の水兵が上陸して、敵対する原住民を攻撃した。このアメリカ人による報復の結果として80人近いフィジー人が殺され、2つの村が灰燼に帰した[3]太平洋岸北西部オレゴン準州を示す1841年の地図、
「アメリカ合衆国探検遠征隊の叙述」フィラデルフィア、1845年

1841年、遠征隊は南アメリカと北アメリカの西海岸を探検した。その中にはファンデフカ海峡ピュージェット湾コロンビア川が含まれていた。

遠征隊はフィジーに寄った後、将来オロナ島と呼ばれることになる島に行き、その島をハル島と命名した。


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