当時存在した国と考えれば、アトランティスで特筆すべき点は、領土の規模の大きさである[2]。語られた技術や素材から、青銅器文明に属していた[2]。84万の兵と1万台の戦車、1200隻の軍艦と24万人の乗組員を動員することができたとされ、青銅器時代の国家としては突出した軍事力を持っていたことになる。彼らがこれほどの富と力を持っていたのは、王家がポセイドンの末裔であったからだとされる[2]。
しかし、ポセイドンの子孫と人間が混じるにつれ、神性は失われていき、アトランティス人は物質主義に走り、さらなる富と領土を求め、暮らしは荒廃した[2]。これを見たゼウスは神々を集め、アトランティスにどのような罰を下すか話し合い、帝国の敗北と島の破壊を決めた[2]。帝国は紀元前9400年頃に地中海沿岸部に征服戦争を仕掛け、アテナイ人は近隣諸国と連合して抵抗し、激しい戦闘になり、アテナイ軍はからくも勝利し、地中海西岸をアトランティス人の支配から解放した[2]。
直後に、大地震と洪水によって一昼夜のうちにアトランティス島は海底に沈み、これらの災害はアテナイ軍にも大きな被害を与えた[2]。島が陥没してできた泥土が航行の妨げになったという描写から、島が沈んだのはさほど深くない場所だと考えられる[2]。 『ティマイオス』と『クリティアス』は、プラトンがシュラクサイの僭主ディオニュシオス2世の下で理想国家建設に失敗した後、晩年にアテナイで執筆した作品と考えられている。両作品はプラトンの師匠である哲学者ソクラテス、プラトンの数学の教師とも伝えられているロクリスの政治家・哲学者ティマイオス、プラトンの曽祖父であるクリティアス[注 3]、そして、シュラクサイの政治家・軍人ヘルモクラテスの4名の対話の形式で執筆されている。 『ティマイオス』では主にティマイオスが宇宙論について語り、『クリティアス』では主にクリティアスが実家に伝わっているアトランティス伝説について語っている。ヘルモクラテスは一連の作品群で語りの役割を果たしていないが、作品中ソクラテスによって第三の語り手と紹介されている[21]。このことから、プラトンの対話集の英訳で知られる英国の古典学者ベンジャミン・ジャウエット
作品構想と背景
核となる伝説は、アテナイの政治家ソロンが、エジプトのサイスで女神ネイトに仕える神官から伝え聞いた話であるとされる。これを、親族で友人のドロピデに伝え、その息子のクリティアスが引き継ぎ、彼が90歳・同名の孫のクリティアスが10歳の頃、祖父が孫にアパトゥリア祭(英語版)の時に聞せた事として、対話集の中で披露されている[22][注 5]。作中の神官によると、伝説の詳細は手に取ることのできる文書に文字で書かれているとされる[23]。
ソロンはこの物語を詩作に利用しようと思って固有名詞を調べたところ、これらの単語は一度エジプトの言葉に翻訳されていることに気付いた。そこでソロンはエジプトで聞いた伝説に登場する固有名詞を全てギリシア語風に再翻訳して文書に書き残し、その文書がクリティアスの実家に伝わったという[24]。ソロンは結局帰国後も国政に忙しかったため、この伝説を詩に纏めることができなかったとされている[25]。
『ティマイオス』詳細は「ティマイオス」を参照
『ティマイオス』の冒頭でソクラテスが前日にソクラテスの家で開催した饗宴で語ったという 理想国家論が要約されるが、その内容はプラトンの『国家』とほぼ対応している。そして、そのような理想国家がかつてアテナイに存在し、その敵対国家としてアトランティスの伝説が語られる。
アアフメス2世が即位した後の紀元前570-560年頃、ソロンは賢者としてエジプトのサイスの神殿に招かれた。そこでソロンは、デウカリオンの洪水伝説で始まる人類の歴史の知識を披露し、古来より人類滅亡の危機は何度も起こっており、ギリシアでは度重なる水害により歴史の記録が何度も失われてしまったが、ナイル河によって守られているエジプトではそれよりも古い記録が完全に残っており、デウカリオン以前にも大洪水が何度も起こったことを指摘する。
その頃、ヘラクレスの柱(ジブラルタル海峡)の入り口の手前の外洋であるアトラスの海[† 5]にリビアとアジアを合わせたよりも広い、アトランティスという1個の巨大な島が存在し、大洋を取り巻く彼方の大陸との往来も、彼方の大陸とアトランティス島との間に存在するその他の島々を介して可能であった。