ドネリーの時代、地質学者たちは、失われたといわれる大陸やなくなったとされる地形は、全て実在していたと信じていた[50]。ドネリーの『アトランティス―大洪水前の世界』(Atlantis: The Antediluvian World)は、1890年に23版に達するほど好調な売り上げだった[50]。歴史学者のロナルド・H. フリッツェは、現在からみると学術的な裏付けに乏しく間違いが多く、当時においても「あり得ること」程度の信憑性だったが、正統な学術書ではないものの筆致には説得力があり、イギリスの首相ウィリアム・グラッドストンもドネリーに称賛の手紙を送っていると述べている[50]。なお、この当時大陸移動説はまだ発表されていない。
ドネリーは、キリスト教の教義とダーウィンの進化論を融和させようと試みたアレキサンダー・ウィンチェル(英語版)の著作(今日では科学の進歩によって信憑性を失い、ほとんど忘れられている)を、権威ある論拠として幾度も引用している[50]。ドネリーは500ページ近くを使って、アトランティス実在の様々な根拠を並べたが、それは科学的調査というより自説を展開する弁護士のような論調である[51]。
ドネリーは著作で主張を13にまとめて紹介した[51]。彼の主張は、近代のアトランティス神話のベースとなっており[9]、今日では、その著作は疑似歴史の代表的なものと考えられている[4]。
アトランティスは、かつて地中海の入り口の向こう側の大西洋上に実在した島で、古代にアトランティス大陸と呼ばれた大陸の残骸である。
プラトンの記述は寓話ではなく史実である。
アトランティスは人類初めての文明である。
アトランティスは多くの住民が暮らす強国になり、文明化された住民の一部はアトランティスを出て、メキシコ湾岸、ミシシッピー川流域、アマゾン川流域、南米の太平洋岸、地中海、ヨーロッパとアフリカの西岸、バルト海沿岸、黒海沿岸、カスピ海沿岸に移住した。
アトランティスはノアの箱舟以前のエデンの園など、古代人が伝承してきたアスガルドの時代に実在し、初期の人類が長く平和と幸福の中で暮らした理想郷の普遍的記憶を表している。
古代ギリシャ人、フェニキア人、ヒンドゥー人、スカンジナビア人などが崇めた神々は、アトランティスの王や女王、英雄たちであり、神話はそうした史実が混乱して伝わったものである。
エジプトとペルーの太陽信仰はアトランティスの宗教の名残である。
アトランティスの最初の植民地はおそらくエジプトであり、エジプト文明はアトランティス島の文明の再現である。
ヨーロッパの青銅器時代はアトランティスの派生で、世界で初めて鉄器を製造したのもアトランティス人である。
フェニキアのアルファベットはアトランティスのアルファベットから派生したもので、アトランティスのアルファベットはマヤ文明にも伝播した。
アトランティスは、アーリア人つまりインド・ヨーロッパ語族の発祥の地であり、セム語族、おそらくウラル・アルタイ語族の発祥の地でもある。
アトランティスは甚大な自然災害で滅亡し、島は住民の大半と共に海に沈んだ。
一握りの人がこれを逃れ、世界に洪水伝説が広まった。
なお、同時代にアトランティスに興味を持ったオカルティストたち、その端緒であるヘレナ・P・ブラヴァツキーとドネリーに影響関係があったか否か、あったとすればどのようなものかは不明である[52]。ドネリー以降、アトランティス学の著作家たちは彼の主張をベースに、超自然現象、科学の知見を超えた知識や技術、異星人などの要素を追加し、さらに理想化したアトランティス像を作っていった[9]。
アトランティスとオカルトの遭遇ヘレナ・P・ブラヴァツキー神智学徒W・スコット・エリオット(英語版)の著作『アトランティスの歴史』(История Атлантиды、1910年)より、アトランティスの地図。
ドネリーと同時期に、オカルティストたちもアトランティスに興味を持ち始めた。1875年に神智学協会を設立したヘレナ・P・ブラヴァツキーは、77年に『ヴェールを剥がれたイシス』を執筆し、アトランティスに4回言及し、プラトンが述べたようにアトランティスは実在したと述べた。これは後年のようなオカルト的なアトランティスの記述ではない。[53]
インドに本拠地を移したブラヴァツキーは、インドでのスキャンダルを避けて1885年にヨーロッパに戻り、1888年に、チベットの導師やマハトマ(偉大な賢者)と交信し、アトランティスでセンザール語という秘密言語で書かれた『ジャーンの書』に目を通しトランス状態で授かった教えを記したという『シークレット・ドクトリン』を出版[54]。壮大なオカルト宇宙史・人類進化史を展開し、アトランティス等の失われた大陸を中心テーマに語った[54]。これは、プラトンの流れをくむアトランティスとは非常に異なるものである[54]。宇宙は7つの時代を経るとし、各時代には固有の根源人種(英語版)がいるとした。