アテネ市の人口は655,780人[9](2004年は796,442人)[10]、市域面積は39 km2 (15 sq mi)[11] である。アテネの都市的地域(大アテネや大ピラエウス)は市域を超えて広がっており、人口は2011年現在3,074,160人に達し[12]、都市的地域の面積は412 km2 (159 sq mi)[11] である。ユーロスタットによれば大都市圏地域(Larger Urban Zones,LUZ) (en) の人口は欧州連合域内では7番目に大きい。
古典ギリシアの文化的遺産は今でもはっきりとしており、多くの古代遺跡や芸術作品が象徴している。もっとも有名で代表的なものにはパルテノン神殿があり初期の西洋文明の鍵となるランドマークと見なされる場合もある。アテネにはローマ帝国支配下のギリシャや東ローマ帝国の遺跡もあり同様に少数のオスマン帝国の遺跡も残されているなど、何世紀にもわたる長い歴史を投影するモニュメントとなっている。アテネには2つのユネスコの世界遺産がありアテナイのアクロポリスと中世のダフニ修道院がそうである。現代のランドマークはギリシアが1833年に独立国となりアテネが首都になった以降に建設された国会議事堂や「三部作」(Trilogy)と呼ばれるギリシア国立図書館(英語版)、アテネ大学、アテネアカデミー(英語版)が含まれる。アテネは、最初の近代オリンピックであるアテネオリンピックと、その108年後に開催されたアテネオリンピック (2004年)の2度のオリンピックの舞台である[13]。アテネにはアテネ国立考古学博物館があり、世界最大の古代ギリシアの遺品の収蔵を特徴とし新しい2008年に完成したアクロポリス博物館もある。ギリシャ正教会の首長であるアテネ大主教が所在し、精神的な中心地でもある(ギリシャ正教会は正教会に属し、クレタ島を除くギリシャ一国を管轄する)。正教会の定めるアテネの守護聖人は、ディオニシオス・オ・アレオパギティス、イェロテオス、フィロセイ。1985年には欧州文化首都に選ばれた。
名称アテネの守護神であるアテナ
古代ギリシア語では、アテネ市は ?θ?ναι アテーナイ(Ath?nai、[a.t????.nai?])と呼ばれていた。このアテーナイは複数形であり、単数形の ?θ?νη アテーネー(Ath?n?)はホメロスの詩文など古代ギリシア語以前(en)にみることができるが[14]、のちに Θ?βαι テーバイや Μυκ?ναι ミュケーナイ同様複数形に変わった。アテネの語源はおそらくギリシア語でも印欧語系でさえもなく、この都市と常に結びついている女神アテナの語源がそうであるように[注釈 1]、アッティカ地方にギリシア語が入り込む以前に存在した言語(en)に遡ると考えられている[15]。中世にはこの都市の名前はふたたび単数形の ?θ?να となり、以来一貫してこの名が用いられてきたが、書き言葉では古体が尊ばれたため、1970年代にカサレヴサ(文語)の使用が停止されるまで同市の公式名称は ?θ?ναι アシネ([a?θine])であった。