アジャ・コング
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逆にして『アジャコング』にした方が呼びやすい」との提言により、『アジャコング』に最終決定した[19]

後付の理由で「アジアキングコング」の意という事になっている[20]
酒関連のエピソード

全女にはいわゆる「三禁」があったが、実際は試合に影響さえなければ自己責任の下で大目に見てもらえたので飲酒をする全女のレスラーはいた。アジャもその1人である。[要出典]

20歳を過ぎて名前が売れた頃から、西脇充子に誘われて六本木芋洗坂にあった10人も入ったら満席になるスナックでよく飲んでいた。その店の常連は上戸ばかりであり、ボトルを1本空けないと「ヘタレ!」と言われるくらいであった。時には羽振りの良い客が居合わせた人全員にボトルを1本ずつプレゼントするので、店にいる者たち全員で早飲み競争をしたことがある。そのうちアジャひとりでも店に通い出し、東京にいる時はほぼ毎晩、地方巡業で試合をして深夜に帰宅であっても目黒の自宅からタクシーを走らせて通った。その様子は店の常連から「マンションを解約して、荷物を店に置いとけばいいじゃん。お風呂はサウナで十分」と冷やかされる始末であった。この生活は六本木の大規模都市再開発の影響によりその常連スナックが閉店するまで5年から6年続き、アジャはすっかり酒に強くなったという[21]

上記のように酒に相当慣れていたアジャだが、それでもトラウマになった出来事がある。翌日は試合が無く、当時原宿にあった全女のアンテナショップでのイベント出演の予定だけという前夜に、師匠であるブル中野に飲みに連れて行かれ目黒の居酒屋で2人で「ビール大瓶50本」を飲んだが、この時をアジャが後年振り返った際「さすがに翌朝の二日酔いの酷いことといったらない」と述べている。翌日、本来後輩であるアジャが先輩である中野を送り迎えするべきところ、アジャがあまりに酷い酔いだったため、二日酔いにならなかった中野がアジャの送り迎えを行い、イベントでも中野がトークの中心になってお客さんを盛り上げた。「ブルさんはケロッとしてるだけじゃなく、私を気遣ってちゃんとフォローもしてくれたわけです。先輩だとか、強いってだけじゃなく、ひとりの女性としても、もう頭が上がらないですよ」と中野を最大限にリスペクトするコメントを残している。アジャはこの時の二日酔いがトラウマとなり、それ以後ビールが飲めなくなったという[21]

入場テーマ曲

THE HELLION?ELECTRIC EYE (JUDAS PRIEST)

Jungle Emperor(野村義男作曲) - 1994年?1997年頃に使用

タイトル歴
全日本女子プロレス


第38代、第40代WWWA世界シングル王座

第92代・第94代・第95代・第120代WWWA世界タッグ王座(パートナーはグリズリー岩本バイソン木村2回→アメージング・コング

第16代オールパシフィック王座

全日本シングル王座

全日本タッグ王座

ジャパングランプリ優勝(第8回・第12回)

タッグリーグ・ザ・ベスト優勝(第7回)

アルシオン


第2代クイーン・オブ・アルシオン王座

第3代ツイン・スター・オブ・アルシオン王座(パートナーは吉田万里子

GAEA JAPAN


第4代・第6代・第13代AAAWシングル王座

第3代・第9代・第14代AAAWタッグ王座(パートナーは尾崎魔弓デビル雅美→アメージング・コング)

ハッスル


ハッスルスーパータッグ王座

OZアカデミー女子プロレス


初代・第5代OZアカデミー認定無差別級王座

第3代・第9代・第14代・第18代OZアカデミー認定タッグ王座(パートナーは松本浩代伊藤薫加藤園子志田光

DDTプロレスリング


第7代KO-D6人タッグ王座(パートナーは男色ディーノ&大石真翔

第793代、第1012代、第1020代、第1297代、第1462代アイアンマンヘビーメタル級王座

センダイガールズプロレスリング


第3代センダイガールズワールドシングルチャンピオンシップ

超花火プロレス


第8代爆女王

メディア出演


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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