数学分野においては、ほぼ同時期のライプニッツとは別個に、微分積分法を見出した。現在の定義で極限に相当する無限小について考察し、現在の微分や導関数の元である流率の概念を考え、また「流率の逆演算」として積分を考案したとされる[20]。
神学『ダニエル書と聖ヨハネ黙示録の預言についての所見』の表紙(1733年版の画像)
ニュートンは生涯を通じてキリスト教研究にも打ち込んでいた。その結果は、1690年頃に執筆された『ダニエル書と聖ヨハネ黙示録の預言についての所見』と、死後の1728年に刊行された『改訂古代王国年代学』にまとめられた。この中でニュートンは、聖書や伝説にある出来事の年代確定に天文学手法を導入しながらキリスト教的歴史観である普遍史をプロテスタント的史観で再構築し、また「ダニエル書」や「ヨハネの黙示録」を解釈した独自の終末論を展開している[21]。
絶対的時間や絶対的空間などを確立したニュートンではあるが、彼自身はそれらがキリスト教の教義と矛盾するとは考えておらず、『プリンキピア』一般注にて宇宙の体系を生み出した至知至能の「唯一者」に触れ、それは万物の主だと述べている[21]。
ニュートンは、キリスト教研究の中でカトリックを激しく攻撃している。「ヨハネの黙示録」解釈では、神に楯突く側である「大淫婦」を世俗に堕落したローマ教皇だと断罪した。またアタナシウスら正統派教父をも批判し、三位一体説はヒエロニムスによる改竄だと主張し事実上否定している。この三位一体説否定は、ニュートンが(同様に三位一体を否定したためにローマ教会から異端と断罪され公職から排除されていたアリウス派の系譜を引く)ユニテリアン主義に属していたことを示している[21]。 この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方)
錬金術
出典検索?: "アイザック・ニュートン"
ニュートンは、造幣局長官の地位に隠れて錬金術の研究を行っていた。20世紀になって、ニュートンの遺髪の分析により水銀が検出されたことはニュートンの錬金術にかける情熱を実証することとなった。
その他「アイザック・ニュートンのオカルト研究」も参照
ニュートンは特に自然科学分野において著しい功績を残したが、それ以外の分野(特に、錬金術など今日ではオカルトと評される研究)にも熱心にも没頭した。また、哲学者でもあるニュートンは神学にも自然学に対する情熱と同じくらいの情熱、あるいはそれ以上の情熱を注いだ[1]。ニュートンの死後に遺された蔵書1,624冊のうち、数学・自然学・天文学関連の本は259冊で全体の16パーセントであるのに対して、神学・哲学関連の書籍は518冊で全体の32パーセントを占めている[1]。
こうした側面(聖書研究や錬金術研究)は、後世にフィクション的ニュートン像を創ろうとした科学者たちによって隠され、ニュートンの「後世に通じる人物像」の部分を過度に強調した科学史書が残された[1]。その結果20世紀始めには、こうしたニュートンの側面は人々から一時的に忘れ去られた。しかし、生涯の長い期間をケンブリッジで過ごしたニュートンは、そこに「ポーツマス・コレクション」と呼ばれる数多い未発表資料を残していた。経済学者のジョン・メイナード・ケインズは、1936年にその一部を入手し、分析した成果をふまえ、1946年に『人間ニュートン』というタイトルの講演を行った。そこでニュートンを「最後の魔術師」[22]とも「片足は中世におき片足は近代科学への途を踏んでいる」[23]とも評し、当時のニュートン像へ一石を投じた。