『わが一高時代の犯罪』(わがいちこうじだいのはんざい)は、高木彬光の中編推理小説。1951年、『宝石』5月号と6月号に掲載された。神津恭介シリーズの一篇。人間消失テーマの古典的作品。題名は木々高太郎の『わが女学生時代の犯罪』に因んでつけたものと言われており、別題として『時計塔の秘密』がある[1]。
神津恭介と松下研三との出会い、および昭和10年代の学生の寮生活や風俗、日華事変後の世相を描いており、神津の最初の事件を描いた、いわばシャーロック・ホームズシリーズにおけるグロリア・スコット号事件の役割をも果たしている。 1938年(昭和13年)の4月半ばのある日、一人の女が一高生、妻木幸一郎を訪ねて来た。妻木の妹と自称するその女に会ってから、妻木は明らかに狼狽していた。妻木の同級生である松下研三は同じ日にその女が別の一高生と密会をしているのを見かけた。 その翌日、妻木の弟、賢二郎は汁粉5杯をかけて肝試しをしないかと松下を誘う。場所は一高本館の時計台であった。風紀点検委員の飯田、妻木、同級生の青木ら5人が参加し、寮歌を歌いながら屋上まで昇り、降りてくるという肝試しが行われたが、飯田に続いて時計台の階段を昇っていった妻木はそのまま消失し、残されたものは妻木の砂時計と、当日の朝から紛失していた神津恭介のマントだけであった。 翌朝、状況を松下から聞いた神津は、謎はすぐに解けたといい放ち、むしろなぜ妻木が姿を隠したかが問題だと言う。そして、この事件からはファウスト伝説を思い出すと述べ、松下とともに妻木消失の捜査に乗り出す。 謎の女は青木の交際相手で、飯田の異母妹であった。彼女にからむ謎の一高生、中国人留学生の周らを巻き込んで、事態は紛糾してゆく。
あらすじ
主な登場人物
神津恭介
東京府立四中出身。愛称「嬢や」、のち「ドクター」。
松下研三
愛称ウルトラスーパー。北大の予科に落ち、一高にまぐれで合格した。
飯田良太郎(フラテン)
風紀点検委員。文科の生徒。
青木一彦(青髯)
医者の息子。曜日ごとに7人の女と交際している。
妻木幸一郎(西式)
松下たちより7歳年上の一高生。元京大生だったが、「西式健康法」を医学的に研究しようと一高理乙に入学し直したという奇人。
妻木賢二郎
幸一郎の弟。直情径行型の性格。
藤野章子
カフェ「黒猫」の女給。飯田の異母妹。青木の「木曜日の女」。肺病に罹っている。一高生を憎んでいる。
周金銘
一高の中国人留学生。妻木のルームメートだったが、一時帰国していた。
謎の一高生
青黒い顔をした、蛇のような目をした冷血な感じのする謎の人物。
三谷隆正
一高の教授。キリスト教徒。神津に、日本の今日の悲劇は敗北を知らぬというところにあり、武は戈をとどむるのが本領で、己の知力を控えて使うようにと助言する。
橋田邦彦
当時の一高の校長。正法眼蔵の権威。
用語
皆寄宿制度…一高生は必ず南寮・北寮・中寮・明寮のいずれかの寮にはいらなければならなかった。うち南寮16番室は一般部屋で、1年生の間は文理の区別なく定員ずつ収容されていた。松下研三はこの時に神津恭介と同室になった。
女人禁制…年一度の記念祭に内外を開放する以外は、一高は女子の出入りを禁じていた。例外として、茶果室のホールの手伝いと、摂生室(医務室)にドイツ人の中年の看護婦が存在するだけであった。これに違反して女性を連れ込んで発覚した場合は、退寮、すなわち退学処分とされた。
正門主義…一高生は必ず正門から出入りしなければならなかった。そのため、門限の12時を過ぎた場合でも、必ず正門を乗り越える必要があり、さもないと退寮(退学)処分になった。
寮務室…門限を過ぎても2階には消灯されない読書室があり、神津恭介は毎朝3時に起きて、高等数学の研究を続けていた。その成果がのちに神津に理学博士の称号を与えることになった。
自習室…門限と同時に消灯し、それ以降は寮の小使い室で1本9銭で売っている蝋燭で「?勉」をしなければならなかった(「?勉」については『呪縛の家』に詳しく説明されている)。
幽霊…授業に出席しているにもかかわらず、返事をしないこと。一高では欠席許容日数は60日、回数は30回と決められていたが、1日で2回以上休むと2回としてカウントされるため、前後の時間をさぼる場合、わざと出席した授業を欠席したように見せかけて、前後合わせて1回とカウントさせるのである。
フーテン…風紀点検委員の略。瘋癲とは異なる。
作品解説
斎藤栄は、「大東亜戦争を目前に控えた青春群像の卓抜な描写」が読者の心に迫る作品として高評価し、「ストーリーのそこかしこに、巧みに埋めこまれた古き良き時代の寮歌」として「ベートーベンの第九の旋律」に特徴があり、現代の推理小説が失いつつある情熱と夢が存在する「小説を装った詩(ポエム)」だと、この作品を論じている[2]。
由良三郎は、高木彬光の小説には彼が一高生時代の、とりわけ弓術部の仲間の名前がしばしば登場することを指摘し、自分の作品の中に青春時代の思い出を埋め込んでさせておきたかったのではないか、と述べ、「それほど一高は貴く、いつまでも秘蔵しておきたい心の財産」だったのだろうと論じている[3]。
書誌情報
『わが一高時代の犯罪』(岩谷書店1951年9月15日。