なつぞら
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演 - 松嶋菜々子[注 9]泰樹の一人娘。19歳で剛男と結婚。剛男が連れて来たなつを優しく受け入れ、彼女の本当の親になれるかと剛男と共に真剣に考えている。咲太郎に手紙を送るための切手代を貸してほしいと頼んだなつに対して、自分の気持ちを隠さず素直になって欲しい、手紙など何通でも送ればいいと叱咤した。農協加入問題の時には、泰樹の過去の出来事と気持ちをなつに語る。泰樹が照男となつの結婚を画策した時は二人の母親として猛反対した。なつがアニメーターになる夢を家族に言えないときになつの思いを察していた。1967年(昭和42年)、結婚するなつにレシピを記したノートを贈り、なつの出産時には泰樹と共に駆けつけた。
柴田 剛男(しばた たけお)
演 - 藤木直人なつの父奥原の戦友。戦死した奥原との約束に従い、復員後奥原から託された手紙を届けるために彼の家族を探し、奥原兄妹と出会った。家族の事情で高等小学校を中退し、北陸から北海道に渡ってきた。その後「音問別農業協同組合」に勤務する。同郷のよしみで富士子の見合い相手候補の引き立て要員として加えられたが、富士子は剛男を一番気に入り結婚した。婿養子のため義父の泰樹に対して頭が上がらず、存在感が低い。1955年(昭和30年)、牛乳を農協へ納入することを拒む泰樹と鋭く対立した。
柴田 照男(しばた てるお)
演 - 清原翔(幼少期:岡島遼太郎)剛男の長男。自分は薪割りの仕事しか与えられない一方、なつが泰樹から酪農の仕事を教えられることに嫉妬し、自分が祖父に信頼されていないと思い込む。家出をしたなつが見つかり、家族と打ち解け合えるようになったのを見て、自分にも酪農を教えて欲し泰樹に懇願し、以後、酪農仕事に積極的に関わっていく。泰樹から、なつとの結婚をけしかけられるが、結局妹としてしか見られず泰樹に辞退を申し出る。自分の想いを押し込めている天陽がなつに告白するよう「開拓青年団スキー大会」でスキーで対決し、勝利する。吹雪の中で倒れたなつを助けた弥市郎に礼を言うため阿川家に訪れた際に娘の砂良に出会い、一目惚れする。牛乳やバターの差し入れを口実に砂良に会いに行くようになり、プロポーズし結婚した。後に泰樹の後を継いで「柴田牧場」を日本一の牧場にすべく近代化に取り組む。1975年(昭和50年)夏、坂場家一家と千遥母娘が柴田家に帰省した翌日の夜に未曽有の大嵐が北海道地方を襲い、停電のためミルカー(搾乳機)とバルククーラー(冷蔵貯蔵タンク)が全く機能しなくなった。牛達が乳房炎になる危機に瀕し途方に暮れたが、泰樹の叱咤により柴田家と従業員全員で必死に手作業で搾乳した結果、牛はすべて無事だった。電力頼みの搾乳を反省し、牛舎の建て替えはまだ時期尚早だと紗良に語った。
柴田 夕見子(しばた ゆみこ)→ 小畑 夕見子(おばた ゆみこ)
演 - 福地桃子(幼少期:荒川梨杏)剛男の長女でなつと同じ1937年(昭和12年)生まれ。酪農家の娘にも拘わらず牛と牛乳が嫌いだが、なぜか乳製品や牛乳を使った料理は好んで食べる。父譲りの勉強家だが、家事は一切手伝わない。居候のなつに両親が優しくすることに嫉妬心を抱くが、剛男から「もし自分が戦死したならお前はなつと逆の立場になっていたかもしれない、夕見子がなつの人生を変えられるかもしれない」と説得され、なつを身内として受け入れる。なつとは別の普通科の高校に通い、なつが演劇のことで悩んでいる時には応援して励ました。自由に生きることに憧れ、1956年(昭和31年)春に北海道大学文学部に進学する。3年生在学時、先輩の高山昭治と駆け落ちして上京したが間もなく関係が破綻した。迎えに来た泰樹が高山を抹殺した後一緒に北海道に戻る[84]。大学を卒業後、音問別農協に就職した。1966年(昭和41年)、なつと一久が婚約を報告のため「雪月」を訪れた際に雪次郎が手がけた新作洋菓子「おバタ餡サンド」の試食会が開かれた。その席で雪次郎からプロポーズされるが、過去に駆け落ちした後ろ暗さから断ろうとした。しかし雪次郎の気持ちは揺るがず、承諾し結婚した。1967年(昭和42年)、坂場夫妻と合同結婚式を挙げた。1968年(昭和43年)、なつと同時期に妊娠、長男・雪見を儲ける。
柴田 明美(しばた あけみ)
演 - 鳴海唯(幼少期:吉田萌果、少女期:平尾菜々花)剛男の次女。1944年(昭和19年)生まれ。夕見子の7歳年下。1955年(昭和30年)の時点では、11歳の小学生。家事を積極的に手伝うしっかり者で、なつを実の姉のように慕い、寝ているなつに雪をかけたりするお茶目な面もある。成長後は夕見子に似た勝ち気な女性になった。1966年(昭和41年)時点では大学生、1973年(昭和48年)時点では放送局の社員で佐々岡信哉の部下。富士子から「就職先に良い男性はいないのか」と尋ねられるが、結婚する気は無い様子。
柴田 地平(しばた ちへい)
演 - 小林颯(幼少期:吉田隼)照男と砂良の長男。
柴田 拓男(しばた たくお)
演 - 吉田奏佑照男と砂良の二男。
戸村 悠吉(とむら ゆうきち)
演 - 小林隆「柴田牧場」の従業員。貧しい開拓者一家の八男として生まれ、幼い頃奉公に出された。泰樹の下で酪農を覚え、彼を"おやっさん"と呼んで慕い、息子の悠吉とともに「柴田牧場」を大きくしたいと願う。なつとは初対面から気が合い、酪農の仕事を熱心に教えた。佐々岡信哉がなつを訪ねて来た時には彼女を連れて行かれると思い、止めようとした。
戸村 菊介(とむら きくすけ)
演 - 音尾琢真[注 10]「柴田牧場」の従業員。悠吉の息子。1946年(昭和21年)5月時点で28歳。悠吉同様なつに対して親切に接する。スキーが得意で、「開拓青年団スキー大会」の戦後初代優勝者。
菓子屋 雪月(せつげつ)

先代より帯広に店を構える菓子屋。喫茶を併設する。十勝産の牛乳やバターを生かした創作菓子を開発・販売する。
小畑 雪之助(おばた ゆきのすけ)
演 - 安田顕[注 10]「雪月」の店主。戦前の1931年(昭和6年)、17歳の時に上京し、新宿「川村屋」で修業した経験がある。先代の父を継いで店主となる。十勝産のバターを使った「バター煎餅」など、新商品の研究・開発に余念がない。雪次郎が役者になることを当初は強く反対していたが、雪次郎の芝居に対する熱意を理解して受け入れる。なつと雪次郎が高校生の頃には天陽が描いた牧場の絵[85]を譲り受けて店内に飾ったり、物語終盤ではお菓子の包装紙用の絵[86]を天陽に依頼する。
小畑 とよ(おばた とよ)
演 - 高畑淳子雪之助の母。雪次郎の祖母。歯に衣着せぬ毒舌家で、余計なことを言う性格。泰樹の昔馴染み。役者になる夢を持つ雪次郎の背中を押した。
小畑 妙子(おばた たえこ)
演 - 仙道敦子雪之助の妻。雪次郎の母。演劇コンクール十勝地区予選大会の時に配るアイスクリームに最中を使うアイディアを提案し、とよに採用される。
小畑 雪次郎(おばた ゆきじろう)
演 - 山田裕貴(幼少期:吉成翔太郎)雪之助と妙子の一人息子。とよの孫。夕見子に恋する。十勝農業高校に通うなつのクラスメイト。演劇部に入っており、仲がいいなつが演劇部に入るきっかけをつくる。高校卒業後は「雪月」を継ぐため、なつと一緒に上京し、「川村屋」で菓子職人を目指して修行する。劇団「赤い星座」の舞台を観てからは、役者になることを決心してオーディションを受け合格。「川村屋」をやめることを家族から反対されるが、役者になりたいという強い思いを理解してもらう。1959年(昭和34年)、劇団「赤い星座」に所属しながら、咲太郎が設立した声優プロダクションにも所属する。外国映画の吹き替えで方言が出て失敗する。仲間から誘われた新劇団への参加を断り、1963年(昭和38年)10月の舞台『かもめ』でトレープレフを演じた後。舞台の千秋楽後に蘭子の家へ招かれた際、彼女に愛を告白するが厳しく拒絶されると同時に演技を酷評されてしまう。そのことで役者業を辞め、菓子屋に戻るため帯広の実家に帰る。1966年(昭和41年)、新作洋菓子の試食会で夕見子にプロポーズする。1967年(昭和42年)、なつ・坂場夫妻と合同で夕見子との結婚式を挙げる。1968年(昭和43年)、夕見子が妊娠、長男・雪見を儲ける。
小畑 雪見(おばた ゆきみ)
演 - 嶺岸煌桜雪次郎と夕見子の長男。1968年(昭和43年)に誕生。
山田家

東京から開拓団(拓北農兵隊)として移住してきた。1946年(昭和21年)に泰樹や近隣住民らの助力で荒れ地を開墾・整地し、1955年(昭和30年)の時点ではジャガイモ農家として生計を立てつつ、剛男の助言により農協の支援を受けて酪農を始める。
山田 正治(やまだ せいじ)
演 -
戸次重幸[注 10]天陽の父。荒れ地での耕作を断念し、1946年(昭和21年)の時点では郵便配達員をしており、なつと出会う。貧しい中、長男の陽平に絵の具を買っていた。開拓の見込みが立たず、離農して東京に戻る決意をするが、十勝を愛する天陽の反対やなつの懇願、協力を申し出る泰樹の叱咤で考えを変える。なつが陽平の勤め先である「東洋動画」に入ることを目指していると知り、安心する。天陽が亡くなってのち、生活のためにやむなく天陽の絵画を売ろうと考える。
山田 タミ(やまだ タミ)
演 - 小林綾子[注 11]正治の妻。近所の畑を手伝って家計を支えてきた。天陽になつのことは忘れるように諭した。
山田 天陽(やまだ てんよう)
演 - 吉沢亮(幼少期:荒井雄斗)なつが入学した国民学校の同級生。兄と同様に絵を描くことが好きで、なつと出会った頃は、死んだ愛馬の絵を描いていた。東京出身を同級生から悪く言われたなつを庇ったことを機に彼女の親友になった。以後二人で絵を描くようになり、なつに好意を寄せる。農業を諦め東京に帰ろうとする父に十勝で農業をしたいと懇願し、荒れた土地を皆と開墾した。1955年(昭和30年)高校へは進学せず、北海道で生きていくことを決め、農業に従事しながら絵を描き続けた。なつが演劇部の舞台に立った際にはなつに請われてベニヤ板に大胆な書き割りを描いた。なつの漫画映画への強い思いとアニメーターに興味を抱いていることを感じ、気持ちを封印しようとするが、「開拓青年団スキー大会」で照男に負けたことから、なつに想いを告げることを決める。しかし、なつが上京しアニメーターになることを決め、その夢を応援するためになつへの想いを諦め、背中を押す。なつの送別会の席でなつへの思いを告白した。馬の絵で、第29回十勝美術展で受賞。1958年(昭和33年)の冬に靖枝と結婚。1966年(昭和41年)、靖枝との間に第1子が誕生。1973年(昭和48年)風邪をこじらせ入退院を繰り返す。死期を悟り、無断で病院から抜け出して家に戻り、前年に死んだ愛馬の絵を完成させた直後になつとの思い出での地であるジャガイモ畑で倒れ死亡。享年36。その後優を伴って帰省したなつの夢枕に現れ、仕事への情熱を失いかけていた彼女を激励した。大森寿美男はインタビューで画家神田日勝がヒントになったと述べている[12][87][88][89]
山田 陽平(やまだ ようへい)


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