うる星やつら2_ビューティフル・ドリーマー
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また、このシーンはリテイクがなされたため、当初予定していたタイミングに若干のずれが生じたという[6]

終盤の白い帽子とワンピースを着た少女の声は、当初ラムの声優である平野文が演じていた。しかしネタばれしてしまうので、最後の一言を除き島本須美の声に替えられた。なお、島本はノークレジットである。

キャラクターデザイン・作画監督のやまざきかずおは、押井が絵コンテで書き下ろした夢邪鬼を採用した。そのため、原作やテレビシリーズ「目覚めれば悪夢」に登場する夢邪鬼とは異なる外見となっている。

夢邪鬼を関西弁で演じたのは藤岡琢也兵庫県姫路市出身で京阪式アクセントには堪能)である。夢邪鬼とラムが水族館で初めて出会い、夢邪鬼から名刺を貰ったラムが「夢邪鬼さん? うちラムだっちゃ」と言った際、それを聞いた夢邪鬼が「らむだっちゃさん? ああ!ラムさんか」と答える台詞は、夢邪鬼の声を演じた藤岡琢也のアドリブだという[17]

荒廃後の町をメンバーが楽しむシーンは、「ぎゃろっぷの巨匠」が描いたと語られている[5]。これは、ぎゃろっぷ所属でスタッフロールにも名前を列ねている丹内司のことと思われる。事実、ぎゃろっぷは本作の制作協力をしており、丹内はぎゃろっぷで作画をしていた。

しのぶが登校途中、無数の風鈴に囲まれるシーンで、しのぶをアパートの窓から見下ろす男は、海外版DVDの押井によるオーディオコメンタリーでは「この世界の外側で見てる誰か、つまり僕のことですけどね」とコメントしている。演出担当の西村純二は「あれは『しのぶという『観客』を見ている押井守』という感じで描いた」とコメントし、また「押井監督からは『しのぶをアパートから見下ろす男がいて、キャラクター設定は無い』と伝えられた」とコメントした[6]

キティ・アニメーションからリリースされたレーザーディスク版『劇場版うる星』(5作品を収む、初販1991年)に、押井守によるインタビューと絵コンテが収録されているが、それによると、タイトルは絵コンテの段階では「REMEMBER DREAM」であった。また押井守はインタビュー中で、この映画の中で一番気に入っているシーンは、ラムとしのぶとサクラが給湯室で雑談をしているシーンだと語っていた。
没シーンについて

フィルム・音声とも完成したが、没となったシーンがある。

名曲喫茶からサクラと温泉マークが友引高校につくと、レオパルトの砲塔につかまったカクガリが窓を突き破って飛び出してくる。ここまでは本編に入れられたが、その後それにラムが電撃を加えようとし、それを驚愕の表情で見つめる温泉マークとサクラのアップのシーンがある。

サクラが錯乱坊を探しにいった後、今夜はサクラと二人っきりとニヤニヤしながら意気揚々と友引高校に引き上げてゆく温泉マーク。

お好み焼き「じぱんぐ」で、町で起きている異変について面堂が真剣に語るものの、あたる達のあまりにのんきな態度にキレるしのぶ。

夜の廃墟と化した友引町を戦車で調査する面堂。

夜の牛丼屋「はらたま」。そこに停めてある戦車で、面堂の帰りを待ちながら売れ残った牛丼を大食いするサクラ。

友引高校跡地の池でくつろぐあたる達、そこであたるは竜之介にちょっかいばかり出し、怒ったラムが電撃を加えようとするが、あたるは池のほとりに白い大きな帽子の少女をみつける。あたるはラムに「前から話していた少女がいる」と言うものの、ラムにはその少女の姿が見えない、そんな二人のやりとりを脇で聞いていたサクラは訝しげにラムを見る。

夢邪鬼の手による悪夢の内の一シーン。あたるは老人になり、地球は太陽が巨大化した影響で滅亡の危機に晒された。次々と人類が宇宙船で脱出する中、夢邪鬼の扮するパイロットに乗り込む様に諭されるが、あたるは愛している人が待っているから、と宇宙船に乗り込むことを頑なに拒む。だがその愛した人、すなわち「ラム」のことを何故か思い出すことがどうしても出来ない
[18]

錯乱坊が亀に乗っているシーン[19]

押井は「長過ぎるから」という理由でこれらのシーンをカットしている。また、これ以外にもカットされているシーンが存在している。
制作後のエピソード

押井は本作の完成後、『うる星やつら』1981年版テレビアニメのチーフディレクターを降板し、同時にスタジオぴえろを退社。後任のチーフディレクターはやまざきかずおに、制作スタジオは本作の実質的な現場であり、それまで同シリーズのグロス請けも行っていたスタジオディーンに託された。後年のインタビューでは、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』が高い評価を受けたことでイケイケになってしまい、監督としての良い意味でも悪い意味でも自信がついたため独立したと語っている。このあと押井は自分の意見ばかりを主張するようになってしまい[注 1]、新作(OVA天使のたまご』他)は難解で、映画関係者は離れていった。その後もマニアックかつ独創性の強すぎる作品ばかりを企画するが、制作サイドが難色を示して取り合ってもらえず、苦しい生活は3年続くことになる[20]


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