この項目では、奈良県生駒郡三郷町にある神社について説明しています。奈良県生駒郡斑鳩町にある神社については「龍田神社」をご覧ください。
龍田大社
拝殿
所在地奈良県生駒郡三郷町立野南1丁目29-1
位置.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯34度35分35.1秒 東経135度41分14.4秒 / 北緯34.593083度 東経135.687333度 / 34.593083; 135.687333 (龍田大社)
龍田大社(たつたたいしゃ)は、奈良県生駒郡三郷町立野南にある神社。式内社(名神大社)、二十二社(中七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。旧称は「龍田神社」。風の神(風神)[1]として古くから信仰を集める。 祭神は次の2柱。 龍田の風神と総称され、広瀬の水神と並び称された。同社の祝詞などでは、天御柱命は級長津彦命(男神)、国御柱命は級長戸辺命(女神)のこととされている。 『延喜式』祝詞の「龍田風神祭祝詞」によれば、崇神天皇の時代、数年に渡って凶作が続き疫病が流行したため、天皇自ら天神地祇を祀って祈願したところ、夢で天御柱命・国御柱命の二柱の神を龍田山に祀れというお告げがあり、これによって創建されたという。 国史では、天武天皇4年(675年)4月10日に勅使を遣わして風神を龍田立野に祀り、大忌神を広瀬河曲に祀ったと『日本書紀』の記述が初見である。 延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では大和国平群郡に「龍田坐天御柱国御柱神社二座 並名神大 月次新嘗」として、二座が名神大社に列するとともに朝廷の月次祭・新嘗祭で幣帛に預かった旨が記載されている。 明治維新後、1871年(明治4年)に近代社格制度において「龍田神社」として官幣大社に列した。 紅葉の名所としても有名である。摂社龍田比売社の祭神である龍田姫は秋の女神とされ、古来より多くの歌に詠まれてきた。
祭神
天御柱命(あめのみはしらのみこと) - 右殿。
国御柱命(くにのみはしらのみこと) - 左殿。
歴史
概史
神階
弘仁13年(822年)8月3日、従五位下 (『日本紀略』) - 表記は「竜田神」。
嘉祥3年(850年)7月11日、従五位上 (『日本文徳天皇実録』) - 表記は「竜田天御柱命神」、「国御柱命神」。
仁寿2年(852年)7月25日、従四位下 (『日本文徳天皇実録』) - 表記は「天御柱命神」、「国御柱命神」。
仁寿2年(852年)10月2日、従三位 (『日本文徳天皇実録』) - 表記は「天御柱命神」、「国御柱命神」。
天安3年(859年)1月27日、従三位から正三位 (『日本三代実録』) - 表記は「竜田神」。
主な祭事
滝祭(4月3日)
風鎮大祭(7月第1日曜日)
秋季大祭(10月第3土日曜日)
境内