『黒後家蜘蛛の会』(くろごけぐものかい、the Black Widowers)は、アイザック・アシモフによる短編推理小説シリーズ。
1972年2月号の『EQMM(エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン)』誌に第一作「会心の笑い」が発表され、その後断続的に、アシモフの晩年に至るまで発表された。すべて短編で、計66作が書かれた。うち60作は5冊の短編集として出版され(日本語訳あり)、残りの6作はアシモフの死後、The Return of the Black Widowers(2003年)にまとめられた。
安楽椅子探偵物として、質量ともに代表作としても挙げられる[1]。 ニューヨークにあるミラノ・レストランの個室で月1回、「黒後家蜘蛛の会」という名の例会が催される。レギュラー・メンバーは化学者、数学者、弁護士、画家、作家、暗号専門家の6名で、ヘンリーという初老の男性が給仕を務める。例会のホストはメンバーが交代で務め、本来は純粋に会食と会話を楽しむために催される集まりである。ホストは、その回の費用を負担する代わりに、ゲストを一人同行させることと、料理をリクエストできるという特権が与えられる。また、例会には女人禁制、例会の秘密厳守などのルールが存在する。折りを見て、ホストはグラスをスプーンで打ち鳴らし、ゲストに対し「あなたは何をもって自身の存在を正当としますか? (英語: How do you justify your existence?) 」という定型の尋問を行なうのが習わしである。それをきっかけとして四方山話に興じるうちに次第に話題が謎めいてくると、活気づいたメンバーが各々の知識を動員して議論を繰り広げるが、確たる真相にはたどり着けず、袋小路に陥る(ゲストに不満は残るものの、それなりの真相にたどり着く話もある)。そこへ、それまでの会話を聞いていたヘンリーが、皆の盲点を突く発想で思いもよらない真相を控え目に語る。 本シリーズはほぼ純粋なパズル・ストーリー
内容
なお黒後家蜘蛛の会は、ニューヨークで毎月集まって語らう「戸立て蜘蛛の会 (Trap Door Spiders,TDS)(英語版)」 をモデルにしたとアシモフが明かしている[2]。黒後家蜘蛛の会との違いは、メンバーが12人の男性であること、ホストが2名体制であること、本作のようなミステリーが起きないことである。アシモフ自身もこの会のメンバーだった[2]。物語の登場人物について、アシモフは「ここにはTDSの誰に似た男も出てこないし、TDSの集まりで出た話題に材を得た物語も一つとしてありはしない」と明言している[2]。
『黒後家蜘蛛の会』1巻には「ここにはTDSの誰に似た男も出てこない」とあるが、『黒後家蜘蛛の会』5巻ではモデルについての言及がある。
1巻のまえがきでは、アシモフは最初からシリーズ化を目論んで書き始めたかのような印象があるが、3巻のまえがきでは、アシモフ自身は1作だけの短編のつもりであったが、フレデリック・ダネイが雑誌掲載する際に「新シリーズ登場」と銘打って発表したため、否応なく2作目、3作目を執筆したと記述している[1]。太田忠司は第1作「会心の笑い」においてヘンリーが推理を披露するのではなく、自身が最初から知っていた答えを告げるという、第2作以降とは明確に異なる点を指摘し、アシモフ自身には当初シリーズ化するつもりはなかったものと推測している[1]。また、登場人物、舞台が定まった第3作「実を言えば」以降のパターン化されたマンネリズムを指摘する人もいるが、太田はそういったパターンを何度でも楽しめるのが本シリーズの妙味であるとし、登場人物を入れ換えたり、舞台を変えたりせずにワンパターンを貫きとおしたからこそ、本作が名作たりえるのだと指摘している[1]。
鮎川哲也は自身の「三番館シリーズ」との類似点を指摘している。同時に、ジョン・ディクスン・カーが物語の出発点の怪奇性に意識し、それが成功したゆえに人気作家となったのに対し、本シリーズはカーのような本格ミステリのパターンを無視し、不可思議性を作品の中間に持って来る(作品冒頭はメンバーによる四方山話)という冒険をしたうえで、成功している点を指摘している[3]。
越前敏弥は本シリーズの魅力を論理的な推理で正解を導き出すことよりも、教養自慢の会員たちが知見を総動員しても解けない謎を、ヘンリーがきわめてシンプルに解明するというプロセスのカタルシスにあり、謎の中身は二の次であると評している[4]。