この項目では、感覚や意識を一時的に失わせる薬物について説明しています。痛みを止める薬物については「鎮痛薬」を、興奮を静める薬物については「鎮静薬」をご覧ください。
麻酔法の分類。局所麻酔薬と全身麻酔薬は作用点が異なる。
麻酔薬(ますいやく、英: anesthetic, anaesthetic)は、麻酔を誘発するために使用される薬物で、言い換えれば、感覚や意識を一時的に失わせる物質である。それらは大別して、可逆的に意識を失わせる全身麻酔薬と、必ずしも意識に影響を与えることなく身体の限られた部位の感覚を可逆的に失わせる局所麻酔薬の2つに分類できる[1]。
医療行為としての麻酔にはいわゆる「麻酔の3要素」、すなわち、鎮静、鎮痛、筋弛緩、この3つが求められるが、現代の麻酔薬には単剤でこの3要素を満たす薬剤は存在しない[注釈 1]。従って、相乗的かつ相加的な効果のために、複数の麻酔薬を組み合わせて使用することが多い。しかし、有害作用も増加する可能性がある[2]。麻酔薬は、痛みを伴う刺激の感覚のみを遮断する鎮痛薬とは異なる。
局所麻酔薬詳細は「局所麻酔薬」を参照天然由来の局所麻酔薬であるコカインの原料となるコカ植物 (Erythroxylum novogranatense var. Novogranatense) の葉[3][4][5]。
局所麻酔薬は、意識を失わせることなく神経インパルスの伝達を妨げる。局所麻酔薬は、神経線維内の高速ナトリウムチャネルに可逆的に結合することにより、神経線維内へのナトリウムの侵入を防ぎ、細胞膜を安定させ、活動電位の伝播を抑止する。それぞれの局所麻酔薬の名称には「-caine」(-カイン)という接尾語が付く。
局所麻酔薬には、エステル型とアミド型がある。エステル型局所麻酔薬(プロカイン、テトラカイン(アメトカイン)、コカイン、ベンゾカインなど)は、一般に溶液中では不安定で即効性があり、血漿や肝臓のブチリルコリンエステラーゼによって急速に代謝される。アミド型に比べると、アレルギー反応を誘発しやすい。アミド型局所麻酔薬(リドカイン、プリロカイン、ブピバカイン、レボブピバカイン、ロピバカイン、メピバカイン、ジブカイン、エチドカインなど)は、一般的に熱安定性があり、長い有効期間(約2年)がある。アミド型麻酔薬は、エステル型麻酔薬よりも作用発現が遅く、半減期が長く、レボブピバカイン(S(-)-ブピバカイン)とロピバカイン(S(-)-ロピバカイン)を除いて、通常はラセミ混合物である。アミド型麻酔薬は、作用時間の長さから、一般に局所麻酔[6]や硬膜外麻酔[6]、脊髄くも膜下麻酔[7]で使用され、手術や陣痛、症状緩和に十分な鎮痛効果を発揮する。
防腐剤を含まない局所麻酔薬のみ、髄腔内
(英語版)に注入できる。ペチジンは、オピオイド作用に加えて、局所麻酔作用も持っている[8]。
全身麻酔薬吸入麻酔に広く使われているイソフルランの化学構造。詳細は「全身麻酔」および「全身麻酔薬」を参照
全身麻酔薬は、多くの場合、ヒトの意識消失や動物の正向反射(英語版)の消失を引き起こす化合物として定義される。全身麻酔を導入するために投与される薬物には、ガスや蒸気として投与されるもの(吸入麻酔薬)と、注射として投与されるもの(静脈麻酔薬または筋肉内麻酔薬)がある。
吸入麻酔薬詳細は「吸入麻酔薬」を参照
デスフルラン (一般的)
エンフルラン (日本での販売終了)
ハロタン (安価, 日本での販売終了)
イソフルラン (あまり使われなくなりつつある)
メトキシフルラン (日本での販売終了)
亜酸化窒素
セボフルラン (一般的)
キセノン (ドイツで承認されたが殆ど使われなかった)
揮発性薬物は、通常、常温で容易に蒸発する有機液体である。それらは、全身麻酔の導入や維持のために吸入によって投与する。亜酸化窒素とキセノンは常温で気体なので揮発性薬物とは見なされない。理想的な揮発性麻酔薬は、不燃性、非爆発性、脂溶性でなければならない。それらは、血液ガスへの溶解性が低く、末梢器官(心臓、肝臓、腎臓)への毒性や副作用がなく、代謝されず、呼吸経路を刺激してはならない。