麻生路郎
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麻生 路郎(あそう じろう、1888年7月10日 - 1965年7月7日[1])は、大正昭和初期の川柳家。川柳六大家の一人。本名・幸二郎。
経歴

広島県尾道市十四日元町生まれ[1]。@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}10歳の時大坂船場へ移り住み大坂高商(現大阪市立大学)在学中に川柳を始める。卒業後、大阪電信局毎日新聞記者、病院事務長など色々な職に就いた。1924年、大阪で『川柳雑誌』を創刊。1936年“職業川柳人”を宣言した。川柳誌経営が職業として成り立つ時代だった。[要出典]麻生は、川柳を「川柳とは人間及び、自然の性情を素材とし、その素材の組み合わせによる内容を平原俗語で表現し、人の肺腑を衝く十七音字中心の人間陶冶の詩である」と定義付け[1]川上三太郎岸本水府、前田雀郎、村田周魚、椙本紋太とともに「川柳六大家」と呼ばれた[1]。「俺に似よ俺に似るなと子をおもい」の句が特に有名だが、「大杉(大杉栄)を殺し思想を取り逃がし」や「あの博士今度は民主主義を売り」など、社会的な句も多く残している。酒豪で知られ、同じ川柳家の妻・葭乃の読んだ「飲んで欲しやめても欲しい酒を注ぎ」の句も有名。1965年、肝臓障害で死去。享年77。

なお麻生が創刊した『川柳雑誌』は現在大阪の川柳誌『川柳塔』に引き継がれている[要出典]。
著書

『懐手 川柳漫画』柴谷柴舟
画 奎文堂 1920

『累卵の遊び 川柳漫画』柴谷柴舟画 不朽洞 1928

『川柳漫談 』弘文館 1929

『新川柳評釈』不朽洞 1938

『川柳とは何か 川柳の作り方と味い方』至文堂 1955 (学生教養新書)

『新川柳鑑賞』川柳雑誌社 1959 (川雑叢書)

『師弟 川柳句集 五百句』橘高薫風共著・編 葉文館出版 1999.3

『麻生路郎読本』川柳塔社 2010.9

翻訳

『アラビヤンナイト』藤谷崇文館 1923

『新訳イソップの話』藤谷崇文館 1923

脚注^ a b c d “文学記念室で麻生路郎特別展 。FMおのみちWeb”. FMおのみち (2012年7月6日). 2022年7月26日閲覧。

外部リンク

麻生路郎句碑
- archive.today(2013年4月27日アーカイブ分)

川柳塔  

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