鷲尾英一郎
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日本政治家鷲尾 英一郎わしお えいいちろう
公式肖像写真(2009年撮影)
生年月日 (1977-01-03) 1977年1月3日(47歳)
出生地 日本 新潟県新潟市
出身校東京大学経済学部
前職公認会計士
税理士
行政書士事務所代表
現職衆議院議員
所属政党(民主党鳩山G)→)
民進党民社協会国軸の会)→)
無所属→)
自由民主党二階派
親族義弟・岩田温
公式サイト衆議院議員 鷲尾(わしお)英一郎 公式ホームページ ? 自由民主党新潟県第4選挙区支部 支部長
衆議院議員
選挙区(比例北陸信越ブロック→)
新潟2区→)
(比例北陸信越ブロック→)
(新潟2区→)
比例北陸信越ブロック
当選回数6回
在任期間2005年9月12日 - 現職
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鷲尾 英一郎(わしお えいいちろう、1977年〈昭和52年〉1月3日 - )は、日本政治家公認会計士税理士行政書士自由民主党所属の衆議院議員(6期)、自由民主党国会対策副委員長。

外務副大臣菅義偉内閣)、農林水産大臣政務官野田第3次改造内閣)、衆議院環境委員長を歴任。
来歴野田第3次改造内閣での農林水産大臣政務官時に公表された肖像2022年、街頭演説会にて(左から2人目)

新潟県新潟市生まれ[1]。実家は魚屋で、祖父は珠算塾を経営していた[1]。新潟市立坂井東小学校、新潟市立坂井輪中学校新潟県立新潟高等学校東京大学経済学部卒業[1]2001年新日本監査法人に入社[2]2005年、新日本監査法人を退社し、鷲尾英一郎公認会計士・税理士・行政書士事務所を開業[2][1]

2005年第44回衆議院議員総選挙民主党公認で新潟2区から出馬。選挙区では自由民主党近藤基彦に敗れたが、重複立候補していた比例北陸信越ブロックで復活し、初当選した。

2009年第45回衆議院議員総選挙では民主党公認、国民新党推薦で再び新潟2区から出馬。同選挙区からは社会民主党の米山昇も出馬したが、自民党の近藤、社民党の米山を破り、再選。2010年1月、石川知裕衆議院議員(当時)の逮捕を受け、同期当選の議員で構成される石川知裕代議士の逮捕を考える会に参加した。2010年8月、長島昭久を会長に設立された国軸の会に参加した[3]2012年10月、野田第3次改造内閣農林水産大臣政務官に任命された[2]

2012年12月の第46回衆議院議員総選挙では、新潟2区で自民党新人の細田健一に敗れたが、重複立候補していた比例北陸信越ブロックで復活し、3選[4]

2014年12月の第47回衆議院議員総選挙では再び自民党前職の細田に敗れ、比例復活により4選[5]。票差は102票(惜敗率99.85%)で、1994年小選挙区比例代表並立制導入以来最少だった[6]

2015年1月の民主党代表選挙では、元幹事長細野豪志の推薦人に名を連ねた[7]が、細野は決選投票で岡田克也に敗れた[8]

2016年3月27日、民主党・維新の党の合流により結党した民進党に参加[9]。同年10月、新潟県知事選挙の候補擁立をめぐり、黒岩宇洋県連代表が引責辞任したため、代表代行に就任し[10]2017年4月に県連代表に選出された[11]

2017年7月27日、民進党代表の蓮舫が、同月の東京都議会議員選挙の結果を受けて辞任を表明[12]。蓮舫の辞任に伴う代表選挙(9月1日投開票)では前原誠司の推薦人に名を連ねた[13]

同年10月の第48回衆議院議員総選挙に際し、前原誠司民進党代表9月27日、民進党を事実上解党し、希望の党からの立候補を容認する方針が表明された[14]。希望の党に合流する方針が示されたものの、鷲尾は希望の党への合流を拒否し、10月4日無所属で新潟2区から立候補する意向を表明した[15][16][17]。選挙公示日である10月10日、希望の党への合流という党の決定に反することになるため離党届を提出[18]。新潟では、2区を除く選挙区では野党系候補が立憲民主党や無所属に一本化されたが、2区のみ日本共産党が候補者を擁立[19]。結局、どの政党の推薦も得ずに無所属で立候補した鷲尾が自民党と共産党候補を破り、5選を果たした[20]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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