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やノートページでの議論にご協力ください。魚柄 仁之助(うおつか じんのすけ(ペンネーム)1956年4月21日 - )は日本の食生活研究家、エッセイスト、漫画原作者、ペーパーナイフアーティスト。 福岡県北九州市戸畑区に生まれる。実家は大正7年創業の日本料理店[1]。 小学生時代、針金が左目に刺さる事故で左目を失明[2]。中学生時代から独学で自転車・ラジオ・時計の修理、ギターの修理と演奏に熱中する。当時から中古自転車・中古ギターを修理・売買し、中学3年生からはキャバレーのギター演奏のアルバイトも行っていた[3]。 1975年、福岡県立戸畑高校卒業後、宇都宮大学農学部に入学。実家の仕送りには頼らず、ギター弾きや建築現場の養生作業、旅館の配膳アルバイトをしながら1981年に古物商免許を取得し、貯金200万円を元手に宇都宮市でバイク店を開いた(共同経営)[4]。大学は6年で中退。1983年同店を人に譲り、東京都目黒区自由が丘で古道具店「ガレージハウス」を開店(共同経営)。当時、東京山の手は建て替えラッシュで、田園調布等の家から骨董品を回収し販売する商売を行ったという。その後、独立して目黒区祐天寺に中古楽器を主に扱う古道具店「マルクス」を開店、スタジオミュージシャンやチェッカーズのメンバーも来店した[2]。 魚柄は古道具商はバブル時代の季節商売だと考え、二輪店時代乱読していた筒井康隆、池波正太郎、大藪春彦らの文体を研究し文筆業への転身を考えていた[要出典]。1994年、エッセイ集『秘伝(とっておき)めしたきの術(わざ)』を発表し、食生活研究家として知られるようになった。 古道具店「マルクス」は港区白金に移転し、名前を「隠れ家(かくれや)」に変更し、1998年頃に閉店[5]。 博多弁のユーモラスな文体で、現代社会で失われつつある旧来の食・文化・生活の智恵を紹介する。『うおつか流 台所リストラ術』『ひと月9000円の快適食生活』『冷蔵庫で食品を腐らす日本人』はベストセラーとなった。 現在は東京都目黒区の古民家にて、朝日新聞OGの姉女房(同居人)と暮らす[6][7]。「50歳以降は楽隠居」と称し、気ままな著述活動をしている[2]。食生活研究以外にも、節約・エコロジー・骨董品・日本酒・防災・経営コンサルティング・食育・時短テク・男性の家庭参画等、経験と実践に基づいたノウハウと独自の哲学を発表している。テレビ・ラジオなどマスメディアへの出演や、省庁・地方自治体の講演も行っている。 少年時代の失明を教訓に「毎日が命日」を座右の銘とし、小学生時代映画『大脱走』や入隊していたボーイスカウトでのサバイバル技術に感銘を受け、『自分で何もできない人にはなりたくない』という決意のもとDIYや商売等様々な技術を培ったという。
略歴
バックボーン