高橋克実
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高橋克己」とは別人です。

たかはし かつみ
高橋 克実
生年月日 (1961-04-01) 1961年4月1日(63歳)
出生地 日本 新潟県三条市
身長175 cm
血液型A型
職業俳優タレント声優司会者
ジャンルテレビドラマ映画舞台バラエティ番組情報番組
活動期間1987年 -
活動内容1987年:劇団離風霊船入団
配偶者兎本有紀1995年 - 1999年
一般女性(2011年 - )
事務所シス・カンパニー
公式サイトプロフィール
主な作品
テレビドラマ
ショムニ』シリーズ
相棒』シリーズ
33分探偵
フルスイング
特上カバチ!!
龍馬伝
ドン★キホーテ
梅ちゃん先生
スーパーサラリーマン左江内氏
オールドルーキー』映画
星になった少年
フラガール
謝罪の王様
向田理髪店』バラエティ番組
トリビアの泉 ?素晴らしきムダ知識?
爆笑レッドカーペット』情報番組
直撃LIVE グッディ!
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高橋 克実(たかはし かつみ、1961年4月1日 - )は、日本俳優タレント声優司会者新潟県三条市出身[1]シス・カンパニー所属。愛称は「カッツミー」。
略歴

実家は日用雑貨店
[1]新潟県立三条東高等学校卒業後に上京し、予備校生として京王井の頭線東松原駅近くの寮に住み、浪人生活を送る[1]。2浪を経て、私立大学に入学するも程なくして中退。紆余曲折の末、松田優作に憧れ役者の道を志す[1]

1987年劇団離風霊船に入団[2]。同年、映画『ウェルター』の端役で映画デビュー。

1993年NHKドラマ新銀河トーキョー国盗り物語』でヒロイン(の1人)の相手役に抜擢され、ドラマ初出演。しかし、本人曰く「あまりのNGの多さに本人の知らないところで脚本が変更され、転勤という設定で途中降板させられた」そうで、そのことをドラマを観ていて相手役の女優の台詞で初めて知ったとも語っている。同年32歳の頃にシス・カンパニーに所属[3]

1998年劇団離風霊船を退団[2]。同年、『ショムニ』(フジテレビ)での寺崎人事部長役でブレイクし、これが大きな転機となり様々な番組にて人気を博す[3]2000年代に入り同じ事務所に所属している八嶋智人と司会を務めたバラエティ番組トリビアの泉』(フジテレビ)は高視聴率を記録し、俳優のみならずタレント・番組司会者でも活躍の幅を広げていく。一方で本業である俳優業でも並行して活躍し、主役・脇役限らず硬派や演技力の高い演技で知られる。2006年土曜ワイド劇場特別企画『ユニット』(テレビ朝日)では DV夫で悪徳刑事という悪役、同年のフジテレビ金曜エンタテイメント『こちら新宿駆けこみ寺』(ドラマ初主演)では主人公の型破りな助っ人役、また 2008年のNHK土曜ドラマフルスイング』(連続ドラマ初主演)では生徒と同僚教師たちに力強い愛で教師の情熱を注いだ主人公の高林導宏役を演じ、ギャラクシー賞2008年2月度月間賞を受賞した。

2012年前期、『梅ちゃん先生』でヒロインの父親役として、連続テレビ小説へのメインキャストでの初出演を果たした。

2014年チャラン・ポ・ランタンとデュエットした『ぎんなん楽団カルテット』がNHK「みんなのうた」の10月 - 11月の新曲として採用され、11月5日にCDを発売[4]

2015年3月30日より放送開始の情報番組直撃LIVE グッディ!』(フジテレビ)のメインキャスターに就任。自身初の帯番組となり、番組終了の2020年9月25日まで務めた。

2022年8月2日、故郷新潟県三条市初のPRアンバサダーに就任[5][6]

2022年10月、俳優デビュー35年目にして初主演となる映画『向田理髪店』が公開[7]

2023年5月10日、体調不良のため、全国公演中の舞台『帰ってきたマイ・ブラザー』の名古屋公演への出演を見合わせること、および代役を同作の演出家で俳優の小林顕作が務めることが所属事務所から発表された[8]

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この節に雑多な内容が羅列されています。事項を箇条書きで列挙しただけの節は、本文として組み入れるか、または整理・除去する必要があります。(2010年11月)

嗜好・交友関係

子供の頃からの大の映画好き
[2]。他に趣味はサーフィンがある。

松田優作の大ファン。出演映画を何度も観て服装をまねたり、ポスターでの姿を真似た写真を撮ったりするなどの熱狂的なファンで、それが高じて役者になったことをことあるごとに語っている[2]。後に、優作の息子である松田翔太とドラマ『ドン★キホーテ』で共演した。

また、松田と同じくドラマ『太陽にほえろ!』(日本テレビ)の人気刑事役である萩原健一のファンでもあり、中学時代は友達の前でよく松田や萩原のモノマネをしていた[3]

トリビアの泉』などで共演した八嶋智人とは公私共に仲が良く、長年の付き合いがある。スクーバダイビングの免許を取りに2人でサイパン旅行(パックツアー参加)をしたことがある。

二宮和也とは共演が多く(『あぶない放課後』『熱烈的中華飯店』『優しい時間』『拝啓、父上様』『オリエント急行殺人事件』など)、プライベートでも交遊がある。また、同じ嵐の櫻井翔とも『特上カバチ!!』の共演がきっかけで交友がある。

ミーハーな性格で、本人は「憧れの役者さんたちと映画やドラマで共演したり、プライベートで偶然会えることが今の僕の原動力になっている」としている[注 1]

学生時代

子供の頃は、JR東三条駅近くの商店街で日用雑貨店を営む父、専業主婦の母、妹と暮らしていた[3]。両親が映画好きで、特に陽気な性格で落語などの芸事好きだった父には時々映画に連れて行ってもらった[注 2]。ちなみに幼稚園の頃、地元の信用金庫CMに家族で出演したことがある[3]。子供の頃からテレビっ子で目立ちたがり屋な性格で、特にドラマ『太陽にほえろ!』が大好きだった[3]。小学4年生の頃から東京に強い憧れを持ち始める[注 3]

中学生の頃は野球部に所属していたが、レギュラーにはなれなかった。3年生の頃、低身長(当時142cm)であることにコンプレックスを抱いていた[3]。後日人づてに“バスケをやれば背が伸びるらしい”という話を聞いたことから、高校進学後に籠球(ろうきゅう)部に入部[3]。その後実際に身長が伸びたことでコンプレックスから開放された。高校では女子にモテたい一心から、バスケと並行してフォークソング同好会にも所属した[注 4]
上京後の生活、俳優の道へ

その後進路を考える時期に“上京すること”を第一に考えて、父親に「東京の大学に進学したいから予備校に行かせてほしい」と頼み込んだ[3]。何とか許可をもらい、上京後は東松原駅京王井の頭線)の予備校の寮で暮らし始めた[3]。しかしほどなくして東京各地を散策したり、映画館通いに夢中になる余り予備校に通わなくなる[3]

欠席が続いたため寮を出ざるを得なくなり、これを知った父親に怒られて勘当同然となり仕送りも止められた[3]。風呂なしの安アパートに転居し[3]原宿セントラルアパートの1階にあった飲食店でのアルバイトなどをして生活費を稼いだ[3]。同時期に映画に憧れて出てみたいとの思いから俳優を目指し始めた[注 5]。その後妹が東京での就職が決まり(時期は不明)、父親から「娘が心配だから一緒に暮らしてやれ」と言われて勘当が解かれ、風呂ありのアパートに引っ越して妹との同居生活を送った[3]

20代前半で様々なエキストラのオーディションに落ち続けると、同じように落選が続く若者たちと顔見知りとなった[2]。彼らと今後について話し合った[注 6]結果、後日新宿の小劇場「タイニイアリス」で初舞台(作品名は不明)を踏む。その時の仲間のつてで、26歳の頃に劇団離風霊船に入団することとなった[3]


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