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高安氏(たかやすし)は、日本の氏族。目次 河内国高安郡に起こる古き氏なり。河内国高安郡に居りし、漢人を高安漢人といい、 後に高安を冠して、造連、宿禰ら姓を賜ひしが、高安氏の始まり。 高安漢人
1 高安漢人
2 高安村主
3 高安造
4 高安公・高安宿禰
5 紀姓高安氏
5.1 常陸国の高安氏
6 脚注
7 参考文献
8 関連項目
9 外部リンク
高安漢人
河内国の一郡にあたる高安郡に飛鳥時代667年(天智天皇6年)に天智天皇が標高488メートル高安山のふもとに倭国最後の防衛線のために高安城を築城し、その豪族は高安氏となり今も受け継がれている。
大関・安晃の祖父・高安清の出自であり、晃は末裔である[1][2]。 前項の一族[3]。 本姓は紀氏。家系は紀長谷雄を祖とし、河内国に起こり、常陸国に多く一族存するという。その家系は以下の通り[4]。系譜 大納言長谷雄―左衛門佐致雄―忠行―忠納言貞雄―河内守雄致(高安庄司―八郎貞致―八郎貞行―貞直―八郎貞之―八郎貞仲―某―左近衛将監―伊予守―八郎貞勝―九郎貞行 また、幕末維新期の志士・義民にも高安姓の人物が見える。
高安村主
高安造ら94人に高安造の姓を賜るという[3]。
高安公・高安宿禰らに高安宿禰の姓を賜るという[3]。
紀姓高安氏
常陸国の高安氏
高安忠七
脚注 スポーツニッポン 2017年5月29日
^ 【大相撲徳俵】大関高安、姓にルーツある大阪で活躍誓う 横綱になってもしこ名変えず
^ a b c 太田亮著、上田萬年、三上参次監修『姓氏家系大辞典 第2巻』(角川書店、1934年)3351頁参照。
^ 太田亮前掲書(角川書店、1934年)3352頁参照。
^ 常陸太田市史編さん委員会編『佐竹家臣系譜』(常陸太田市、1982年)280頁参照。
^ 明田鉄男編『幕末維新全殉難者名鑑1』(新人物往来社、1986年)435頁参照。
参考文献
明田鉄男編『幕末維新全殉難者名鑑1』(新人物往来社、1986年)ISBN 4404013353
太田亮著、上田萬年、三上参次監修『姓氏家系大辞典 第2巻』(角川書店、1934年)
常陸太田市史編さん委員会編『佐竹家臣系譜』(常陸太田市、1982年)
関連項目
紀氏
益子氏
高安郡
外部リンク
⇒秋田県公文書館『系図目録I』 (PDF)
更新日時:2020年7月29日(水)09:10
取得日時:2020/10/24 14:13