髄膜炎菌性髄膜炎
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細菌性髄膜炎(さいきんせいずいまくえん、: Bacterial meningitis)は、細菌感染によって起こる中枢神経系の感染症。別名として、化膿性髄膜炎(かのうせいずいまくえん、: Septic meningitis)とも呼ばれる。通常結核性髄膜炎はこの細菌性髄膜炎に含めない。
神経感染症の総論

発熱の原因が中枢神経と疑われるとき、髄液検査を行い細胞数の増加があれば神経感染症と考える。神経感染症では感染部位によって名称、症状が異なる。

名称英語名症状
脳炎encephalitis頭痛、発熱、痙攣、意識障害、神経局所症状
髄膜炎meningitis頭痛、発熱、嘔吐
髄膜脳炎meningoencephalitis脳炎症状と髄膜炎症状
硬膜炎pachymeningitis頭痛、発熱、脳神経症状
脊髄炎myelitis発熱、対麻痺、膀胱直腸障害

病態

髄膜炎(meningitis)とは、くも膜、軟膜およびその両者に囲まれたくも膜下腔の炎症を示す。髄膜炎は持続する頭痛と発熱を主徴とし、髄膜刺激症候を認め、髄液細胞の増加を示す。炎症がくも膜下腔から脳実質に及ぶと意識障害や痙攣といった神経症状を起こし、髄膜脳炎(meningoencephalitis)に至る。細菌性髄膜炎の日本における年間発生率は年間約1500人でありその75%ほどは小児であり25%が成人である。本症の病態は細菌の直接浸潤だけではなくサイトカイン・ケモカイン・酸化窒素などのカスケードによる炎症過程の亢進が大きく関与する。

感染経路は中耳炎、副鼻腔炎などの直接波及。肺炎、心内膜炎などからの菌血症による血行性波及。あるいは頭部外傷、脳外科手術などが原因となる。

髄膜炎の起炎菌として代表例であるインフルエンザ菌、髄膜炎菌、肺炎球菌で代表的な病態を示す。初期には病原体は鼻咽腔に付着しコロニーを形成する。そこから粘膜上皮を障害し血流にはいる。血液の中で生き残った細菌は側脳室の脈絡叢を通って髄液腔に侵入し、別の部位では血液脳関門の透過性を変えて侵入する。起炎菌が髄液に侵入するとくも膜下腔は補体、免疫グロブリン、好中球いずれも不十分であるために菌は急速に増加する。菌体が破壊されるとLPSなど菌体成分によって炎症性サイトカインが産出される。とくにTNFが細菌性髄膜炎では重要とされている。炎症の結果、血管炎が起こり脳梗塞に至ることもある。
症状

典型的な症状は発熱、頭痛、嘔吐、羞明、項部硬直、傾眠、錯乱、昏睡である。発熱、項部硬直、意識障害を髄膜炎の3徴というがこれら3徴が全て揃うのは髄膜炎患者の2/3以下である。しばしば上気道感染などが髄膜炎症状に先行していることがある。細菌性髄膜炎の経過は急激に発症することが多いが高齢者のリステリア髄膜炎では亜急性の経過で発症し、髄膜炎菌性髄膜炎では電撃的経過を示し、超急性的に発症することもある。

古典的には1962年のcarpenterとpetersdorfによる論文がよく知られている。この報告では209例の細菌性髄膜炎を検討している。そのうち63例が肺炎球菌によるもの、53例が髄膜炎菌によるもの、35例がインフルエンザ菌によるもので58例がその他の菌であった。細菌性髄膜炎は3つのことなるパターンに分けられる。第一群は全体の25%であり24時間以内に入院を必要とするような頭痛、錯乱、傾眠、意識障害など急性の発症を呈した。第二群は入院前の1?7日にわたって髄膜炎症状が緩徐に進行した。第二群の患者の多くは上気道症状も伴っていた。第三群は最初の髄膜炎症状が出現する前に呼吸器感染が1?3週間続いていた。

1980年代の報告では細菌性髄膜膜炎の患者は多くの場合に来院時に意識障害となっている。50?70%が錯乱や傾眠状態であるともいわれている。
検査
頭痛(Jolt accentuation)

自覚的な髄膜刺激症状では最もはやく出現する。Jolt accentuationという所見が有名である。これは1秒間に2?3回の早さで頭部を水平方向に回旋させた時に頭痛の増悪が認められる現象である。髄膜炎診断では感度97%であり特異度は60%である。
髄膜刺激徴候

髄膜刺激徴候では項部硬直ケルニッヒ徴候ブルジンスキー徴候ラセーグ徴候などが知られている。項部硬直は患者を仰臥位にして枕をはずして検者の手を後頭部にあて静かに頭部を持ち上げ下顎を前胸部につけるように前屈する。項部硬直があるときはその動きとともに抵抗がみられ、前屈は制限され項部に痛みがはしる。頸部を前屈させるときに抵抗や痛みがあり十分に前屈ができない、すなわち胸部に顎がつかないとき陽性とする。項部硬直は髄膜炎のほか、くも膜下出血、小脳扁桃ヘルニアを起こしかけている脳圧亢進状態、テント下の空間占拠病変(小脳の血腫や腫瘍)、癌性あるいは白血病の髄膜浸潤、悪性症候群などでも認められる。高齢者ではしばしば項部硬直と間違えやすい頸部の異常がある。高齢者では首を他動的に動かした時の抵抗は髄膜炎の項部硬直、頚椎症、パーキンソン症候群、抵抗症(gegenhalten)といった筋緊張異常で認められる。髄膜炎の項部硬直では頸部の屈曲では抵抗があるが左右への受動的な回旋ではズムーズである。ケルニッヒ徴候は患者を仰臥位にして一側下肢を股関節および膝関節で90度に屈曲させついで下腿を被動的に進展させると下腿を持ち上げても膝が屈曲し下腿を135度以上に進展できない場合を陽性とする。原点では座位で行っている。腰仙髄部の髄膜に炎症が及んだ時に認められる徴候である。ブルジンスキー徴候は仰臥位の患者の頭を被動的に屈曲させると一側、あるいは両側下肢の股関節と膝関節で屈曲するものを陽性とする。ラセーグ徴候は通常は坐骨神経痛などの試験であるが髄膜炎のときは両側性に出現する。項部硬直は感度30%、特異度68%である。ケルニッヒ徴候、ブルジンスキー徴候では感度5%、特異度95%であった。細胞数1000/μl以上の高度の髄膜炎のみで検討すると項部硬直の感度および陰性的中度は100%であった。詳細は「筋緊張」を参照
皮疹

髄膜炎菌肺炎球菌ブドウ球菌などの髄膜炎で認められる。髄膜炎菌の広汎性斑状丘疹が有名である。
脳神経麻痺や神経局所症状

最も多い神経局所徴候は片麻痺や注視障害、脳神経障害である。片麻痺は脳梗塞、脳浮腫、硬膜下膿瘍、部分痙攣後のトッド麻痺のいずれかのためである。
意識、精神状態

興奮、せん妄などの意識障害から昏睡に至るまで様々な程度の意識障害がみられる。脳浮腫や頭蓋内圧亢進が意識障害の主原因である。
痙攣

約20?40%で認められる。特に肺炎球菌性髄膜炎で多い。入院して24時間以内が多い。原因としては以下の6つの単独ないし組み合わせで起こるとされている。それは発熱、局所の動脈虚血あるいは梗塞、出血を伴う皮質静脈血栓、低ナトリウム血症、容積効果を伴う硬膜下漏出液、抗生物質である。
皮膚の痛覚閾値の低下

軽く触っただけでも痛みとして感じることがある。
血液検査

一般的な細菌感染症、敗血症と同様に白血球増多と核の左方移動、赤沈の亢進、蛋白分画での急性炎症パターン、CRPの上昇などが認められる。髄液培養の他に、血液培養(50%の患者で検出される)も必ず行う。
頭部CT

腰椎穿刺による髄液採取を行う前に、頭蓋内圧亢進・脳ヘルニアの除外診断のため頭部CTを撮影することも勧められている。[1]もし脳圧が亢進していることが予想された場合は腰椎穿刺では22ゲージの針を使い、1g/kgのマニトールを注射し30分?60分以内に実施するべきとされている。ヘルニアが疑われるときは髄液は3?5ml以内の摂取にとどめるべきである。
髄液検査

髄液初圧、細胞数と分画、髄液糖/血液糖比、髄液蛋白量、グラム染色、細菌培養が行われる。髄液糖/血液糖比は0.6以下が異常値であり0.4以下は細菌性髄膜炎を強く疑う。

液圧外観線維素析出細胞数主な細胞蛋白質糖塩素トリプトファン反応
基準値70?180mmH2O無色透明なし5/mm3以下単核球15?45mg/dl50?80mg/dl118?130mEq/lなし
ウイルス性髄膜炎↑無色透明なし↑?↑↑単核球↑±±なし
結核性髄膜炎↑↑無色透明、日光微塵+(くも膜様)↑↑↑(200?500)単核球↑↑↓↓↓↓++
細菌性髄膜炎↑↑↑膜様混濁+++(膜様塊)↑↑↑(1000以上)多形核球↑↑↓↓↓↓++

細菌性髄膜炎の髄液検査の特徴は以下のようにまとめることができる。それは初圧の上昇、多核白血球の増加、髄液グルコース量の低下、髄液蛋白の増加である。髄液白血球数は通常100/μl以上であり典型的には1000/μl以上と著明に増加する。抗菌薬開始後18?36時間後には髄液中の白血球がさらに増加することがある。典型的には細菌性髄膜炎では多核球優位でウイルス性髄膜炎では単核球優位であるが、初期には細菌性髄膜炎でもリンパ球優位であったり、エンテロウイルス髄膜炎では初期には多核球優位で経過の後半にリンパ球に移行するものもある。ウイルス性髄膜炎で髄液検査が最初は多核球優位のときには6?8時間後の腰椎穿刺で単核球優位になり診断可能という報告もあるが、エコーウイルス髄膜炎では数時間程度の後に腰椎穿刺しても多核球優位から単核球優位に移行しないという報告もある。いずれにせよウイルス性髄膜炎では経過後半では単核球優位となる。多核白血球優位の髄液細胞増多の所見を得たときは、経験的に抗菌薬投与を開始して、髄液培養が陰性になるまで続けるべきである。無菌性髄膜炎を疑っているが2回めの髄液検査で単核球優位への移行がみられないことがある この場合に抗菌薬を継続するかは臨床経過とグラム染色と培養の結果次第である。髄液細胞数が1000/μl以下の時の細菌性髄膜炎、あるいはリステリア菌による細菌性髄膜炎髄液のリンパ球増加が報告されている。リンパ球増多はリステリア菌性髄膜炎の症例の約25%で報告されている。

まれな例では髄液白血球の増加がみられない細菌性髄膜炎の報告もある。未熟児や4週前の乳児のほかアルコール中毒、高齢、免疫抑制剤使用下で報告がある。髄液糖の低下、髄液蛋白の増加、髄液培養陽性によって診断されている。髄膜炎に罹患していない菌血症の小児で施行された外傷性腰椎穿刺は髄液の生化学、白血球数が正常でありながら、菌血症血液の汚染の結果細菌培養が陽性となり細菌性髄膜炎と診断されることがあり注意が必要である。特に新生児、乳児の敗血症の原因に細菌性髄膜炎は多いため注意が必要である。新生児の敗血症の実に20?30%は細菌性髄膜炎が合併している。
髄液特殊検査

髄液CRP、髄液乳酸値、髄液TNF-α、髄液プロカルシトニンは無菌性髄膜炎との鑑別に有用と考えられている。
グラム染色

肺炎球菌はグラム陽性双球菌であるが自己融解するとグラム陰性に染色されることがある。髄膜炎菌はグラム陰性球菌で特徴的である。
特徴ある起炎菌
肺炎球菌性髄膜炎

上気道感染症状の後に髄膜炎の症状が出現する場合が多い。水頭症、動脈性、静脈性の血管障害の合併などが多い。
リステリア髄膜炎

高齢者のリステリア髄膜炎は亜急性の経過で発症することが多い。ほとんどの症例で意識障害を伴う有痛性疾患として発症する。リステリア髄膜炎では感染早期に痙攣、局所神経症状を併発する頻度が高い。またリステリア菌による髄膜炎では脳脊髄液がリンパ球優位を示すこともある。リンパ球優位の髄液細胞数増加、髄液糖低下はリステリア髄膜炎、結核性髄膜炎、真菌性髄膜炎で認められる。リステリア菌による髄膜炎の頻度は60歳以上で5?6.7%である。またグラム染色での検出率が低い。第3世代のセフェム系が無効であり抗菌薬の選択で注意が必要である。
髄膜炎菌性髄膜炎

髄膜炎菌性髄膜炎は世界的に分布し、流行地域ごとに菌のタイプ(血清型)は異なる。世界全体としては毎年30万人の患者が発生し、3万人の死亡例が出ている。流行の多発地帯は、アフリカ中央部の西はセネガルから東はエチオピアまでの地域が該当し、当該地域は「髄膜炎ベルト」とも言われている。主に乾期(12?6月)のサバンナ地帯で多くの発症が報告される。欧米先進国でも時に局地的な流行がある。世界では健常者の鼻咽頭上5?20%の保菌状況に対し、日本では約0.4%程度とされる[2]。保菌率が下がった理由は不明であるものの、一般的な衛生状態がよくなったこと、また長年国内で抗菌薬が濫用されてきたことと関係していると言われる。[3]。なお、アジアは抗生物質の処方率が非常に高く、抗生物質の乱用問題が深刻と報告されている[4]。なお髄膜炎菌が定着している率は、経済的困窮者や様々な地域から集まった人たちの間で高いと指摘されている[5]


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