駿河城御前試合
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『駿河城御前試合』(するがじょうごぜんじあい)は、南條範夫による日本時代小説
概要

オール読物1956年2月号に第一話「無明逆流れ」が掲載され、その後1962年までにかけて飛び飛びに数誌に全12話が掲載された連作短編小説。寛永御前試合の粉本(下書き)であったとされる寛永6年(1629年)の駿府城徳川大納言忠長の11番の御前試合をモキュメンタリーの設定で描いた作品である。

その内容も「寛永御前試合」(徳川家光の御前試合)の結果と同じく、11番のうち8組に勝敗あり、3組が相打ちとなっている。ただし駿河城御前試合では真剣をもって行われ、各試合の敗者は死し、相打ちでは両者が死すという悲惨な結末となっており、南條範夫の残酷物と呼ばれる作風を象徴している。

同作者の別作『武魂絵巻』には、『駿河城御前試合』が一エピソードとして数ページに渡り11番勝負の概略が記されており、12話「剣士凡て斃る」にて数行にて記された内容の詳細も描かれている[1]。また、徳川忠長が次第に狂気に陥って行った描写も『武魂絵巻』のほうに詳しい。

本作は長らく絶版状態が続いていたが、2003年より「無明逆流れ」を山口貴由が漫画化した『シグルイ』が連載され、これが人気を博したことから復刊ドットコムでの復刊リクエスト投票が成って、2005年徳間文庫から復刊版が発売された。復刊された徳間文庫版の表紙には『シグルイ』第1話の画が採用されている。
あらすじと登場人物

寛永6年9月24日、徳川大納言忠長の面前で真剣を用いて上覧試合が行われた。11組中で8組は一方が相手を殺しており、あとの3組が相討ちという凄惨な試合で、城内南広場に敷きつめられた白砂は血の海と化し、死臭があたりに漂い、見物の侍さえもひそかに列を退き、嘔吐する者もあった。しかし忠長は終わりまで平然とその試合を見届けたという。

この試合については、忠長のその後の所行のこと、及び試合の凄惨さのために流伝することは禁じられたが、席上に居合わせた者がひそかに書き残したものが読み伝えられて寛永御前試合として知られるようになったといい、その実態は静岡県在住某氏家伝の「駿河大納言秘記」写本にて伝えられたものとされる。
通話の登場人物
徳川大納言忠長(とくがわ だいなごん ただなが)

鳥居土佐守成次(とりい とさのかみ なおつぐ)

無明逆流れ

第1試合は見物者を大いに驚かせた。西側から現れた剣士・藤木源之助は、左腕のつけ根から先が無かった。それに付き添うのは20歳位の美女・三重。一方、東側の剣士・伊良子清玄は右足を引きずるだけでなく盲人だった。そして、彼にも年増ながらも凄艶な美女・いくが付き添っていた。だが、周囲がさらに驚いたのは清玄の異形の構えだった。それは盲人が地面に杖を突き立てるように、剣を突き立て、跛足の指で挟むという奇怪な構えだった。それはあらゆる流派で見た事も聞いた事もない構えであり、これこそ、城下でも評判の無明逆流れという秘剣だった。対峙する2人の剣士、そしてそれを見守る2人の女、この4名には逃れられぬ因縁があった。
伊良子清玄(いらこ せいげん)
盲目跛足の美剣士。御前試合の時点で齢30余り。かつては岩本虎眼の門下の師範代で、「一虎双竜」の1人と謳われていた。剣風は俊敏軽捷。両目を岩本虎眼に斬られて盲目となり、また牛股権左衛門との対決の際に右足を負傷し、以来歩行が不自由となっている。
藤木源之助(ふじき げんのすけ)
隻腕の剣士。御前試合の時点で年齢27、8歳。均整のとれた顔貌をしている。岩本虎眼の門下の師範代で、「一虎双竜」と呼ばれた1人。伊良子と立会った際に左腕を失う。
岩本虎眼(いわもと こがん)
濃尾一帯に名の聞こえた無双の達人。伊良子や藤木の剣の師。「鬼眼」と恐れられる眼は、見据えた相手を金縛りにする。
牛股権左衛門(うしまた ごんざえもん)
岩本虎眼の門下の師範代で、「一虎双竜」と呼ばれた1人。牛の如く巨大な体をした容貌魁偉の偉丈夫。
三重(みえ)
岩本虎眼の一人娘。清楚な美女。
いく
岩本虎眼の愛妾。妖艶な年増女。虎眼が妻の死後に抱えた何人もの妾の1人で、元は松阪の商家の娘。
被虐の受太刀

第2試合は、駿河藩藩士・座波間左衛門と女性薙刀使い・磯田きぬだった。いかにきぬが薙刀の使い手といえど、間左衛門は家中でも武芸絶妙と周囲からも評判の剣士。この試合、間左衛門の勝利は揺ぎ無いものと予測されていた。だが、周囲の者は勿論、出場者であるきぬ自身も知られざる事があった。この試合は他ならぬ間左衛門の抑えがたい性癖によって巻き起こされたものであった。
座波間左衛門(ざなみ かんざえもん)
駿河藩藩士にて第2試合「被虐の受太刀」の主人公。全身傷だらけという奇怪な容姿ながらも、武芸絶妙という理由で駿河大納言・徳川忠長に200石で召抱えられた。幼少時に磯田家で生活するも、とある性癖によって親戚の家を身一つで出奔する。その後も大坂の陣にも参加し数々の功績を収めるが、その抑えがたい性癖によって12年間浪人生活を送ったという経歴を持つ。その性癖とは、容姿端麗な者に斬られる事を至上の快楽とするもので、9歳の頃に叔母なお女によって偶然に傷つけられた事がきっかけとなる。以降、容姿端麗な者に傷つけられる事に快楽を見出すが、大坂の陣にて容姿端麗な者に斬られ、斬り殺したいという感情に目覚める。こうして、全身傷だらけの奇怪な容姿となる。きぬとの再会によって、またしても抑えがたい性癖に襲われる。自身の忌まわしい性癖を嫌悪し、祈祷や禄を捨てて逐電する事も考えるが、最終的に彼ときぬを運命の御前試合に結び付けてしまう。浪人時、尾張城下にて今川流受太刀の極意を授かる。だが、彼がこの剣技を使う時こそ、その忌まわしい性癖が発揮される時でもある。
磯田きぬ(いそだ きぬ)
第2試合「被虐の受太刀」のもう1人の主人公。女性ながらも薙刀を用いて試合に挑む。間左衛門と磯田家は親戚筋であり、間左衛門ときぬは従兄妹の関係である。幼少時にはとある事件前まで同じ屋根の下で過ごしていた。だが、13年ぶりに再会した間左衛門に夫の久乃進を乱心という理由で殺害された事をきっかけに仇討ちを決意。家老・三枝伊豆守に仇討ち願いを届け、御前試合にて間左衛門との決着を望む。だが、それこそ間左衛門の思惑であり、夫・久乃進の仇討ちを望むきぬに斬られ、斬り殺したいという間左衛門の計略であった。
磯田久乃進(いそだ ひさのしん)
きぬの夫であり、磯田家の跡を継いだ者。甲府在勤中であるが駿河城中の弥之助・伝一郎の事件において、間左衛門の絶妙な剣技を見る事となる。その後、間左衛門ときぬが従兄妹である事と同じく武芸を志す者として間左衛門を家に招くなど親交を深める。だが、間左衛門の計略によって乱心者として殺害されてしまう。
市川弥之助(いちかわ やのすけ)
駿河大納言・徳川忠長の寵童で美少年。だが、常軌を逸した忠長は、弥之助に理不尽な理由で暴力を振るい彼を斬り捨てるように命じる。その際に間左衛門が名乗り出、真剣勝負での決着を申し込まれる。弥之助に斬られ、斬りたいと思った間左衛門の思惑であり、その真剣勝負にて間左衛門を何度も斬るが、間左衛門の今川流受太刀の極意によって殺される。
市川伝一郎(いちかわ でんいちろう)
弥之助の兄で、藩中切っての富田流の遣い手。間左衛門の提案によって、弥之助の決着後に間左衛門と真剣勝負するという約束をする。だが、弥之助の死後、素早く間左衛門に豪剣を浴びせようとするものの、間左衛門の受太刀による一刀で死亡。細腕の弥之助の決着が時間が掛かったに対し、藩中でも遣い手である伝一郎との一瞬の決着は周囲から疑問の的となる。しかし、誰も間左衛門の性癖に気付くものはいなかった。
峰打ち不殺

第3試合は、出場剣士・月岡雪之介に対して、同じく出場剣士・黒川小次郎が仇討ち試合を望むという内容であった。だが、出場剣士である雪之介は殺生を望まない温厚な人柄。


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