蝗害(こうがい、英: Locust plague)は、トノサマバッタなど相変異を起こす一部のバッタ類の大量発生による災害のこと。
蝗害を起こすバッタを飛蝗、トビバッタ、ワタリバッタ(英語では「locust」)という。また、飛蝗の群生行動を飛蝗現象と呼ぶ。飛蝗現象下にあるワタリバッタの群れが航空機の飛行を妨げる場合すらある。
群生行動をしているバッタは、水稲や畑作作物などに限らず、全ての草本類(紙や綿などの植物由来の製品にまで被害がおよぶ)を短時間のうちに食べ尽くしてしまう。当然、被害地域の食糧生産はできなくなるため、住民の間に食糧不足や飢饉をもたらす事が多い。また、大発生したバッタは大量の卵を産むため、数年連続して発生するのが特徴である。日本を含む大抵の国では、殺虫剤の普及により過去のものとなっているが、アフリカ諸国など国土が広大で組織的な駆虫が難しい地域では、現在も局地的に発生し大きな被害を出している。
日本での発生は稀なため、漢語の「蝗」に誤って「いなご」の訓があてられたが、水田などに生息するイナゴ類が蝗害を起こすことはない。 蝗害(飛蝗現象)は農学上重要であるとともに生態学的にも興味深いため、多くの研究が積み重ねられている。 バッタは蝗害を起こす前に、普段の「孤独相」と呼ばれる体から「群生相」と呼ばれる移動に適した体に変化する。これを相変異と呼ぶ。 群生相の孤独相に対する外見上の特徴は、 などが挙げられる。行動上の特徴は、 などが挙げられる[2]。 群生相、孤独相はそれぞれ生まれつきのものである。ただし両親の遺伝子の組み合わせによるものではなく、親が暮らした集団の密度によるものであり、それも親がフェロモンのような分泌液の刺激を受けたわけではなく、別の個体との接触が主な原因と言われている[1]。また、はっきりと2型に区別できるものではなく、程度の差がある。集団生活をしている親からは、集団の密度が高いほど、より群生相が強い子が産まれる。逆に集団密度が低くなると孤独相に近い子が生まれる。この特徴は世代を超えて累積的に遺伝する[2]。 相変異の原因物質は、ホルモンの一種で、11種類のアミノ酸からなる[His7]コラゾニン (H-corazonin
特徴
群生相サバクトビバッタの幼虫。高密度の集団中で世代交代を繰り返すと群生相の個体が生まれてくる。
(上)孤独相
(下)群生相
孤独相に比べて暗色になる。
翅が長くなる。
足が短くなる。
頭幅が大きくなる。
胸部の上が孤独相は膨らんでいるのに対し、群生相はへこんでいる。
(電子顕微鏡で見ると)触角の感覚子の数が減少している。
群生相の個体は互いに近づこうとする(孤独相の個体は互いに離れようとする。ただし、孤独相のバッタも群れに入れると群生行動を共にする[1])。
産卵前期間が増加し、羽化後生存日数が減少し、産卵回数、産卵数が減少する。
孤独相の時には食べなかった植物まで食べるようになる。
生態砂地に産卵するサバクトビバッタ
バッタ科の雌は、産卵管を使って土や砂地の地下数センチメートルに産卵する。背の高い草が密集している場所での産卵は苦手であり、近年北米で蝗害が減った原因のひとつは、アメリカバイソンが減少して草の背丈が伸びすぎたためとも言われている[1]。大量に産卵が行われるには草原や河原の砂地などが必要であり、蝗害は草原と耕作地が隣接しているような場所で発生しやすい。また、群れを維持するためには大量の植物が必要であり、日本のように狭い土地では蝗害はほとんど発生しない[3]。
一般に、これらの地帯でたまたま高気温、高降水量となった時に大発生する[4]。これは土地が湿って一時的な草場ができることで、バッタが集中的に発生して群生相が生まれるためである。一方で旱魃によって河川の底だった砂地が草地となることも群生相が出現する要因となり、歴史上の中国などで見られる。
産卵は主に秋に行われ、卵は越冬して春に孵化する。孵化直後は体が小さいので被害は少ない。毎日体重と同じぐらいの量の草を食べるといわれている[1]。
1875年のロッキートビバッタの例では、5月にミズーリ州で孵化し、孵化直後は飛べないので歩いて周辺の草を食べつくし、6月始めに成虫となり、北や北西に飛び立っている。向かう方位はさまざまであるが、方向は一定しており、追い風の時に移動し、向かい風の時には地面で休憩する様子が観察されている[1]。
群れが次世代の群れを生むため、被害の年は連続することが多い。一方で、何かのきっかけで群れが一度消滅すると、次に群生相が生まれるほど個体の密度が上がるまでは数十年と大発生が見られないこともある[1]。もっとも、バッタの大発生は周期的なものであり、連続して起こることはないとする文献もある[3]。大規模な移動を行うのは、一般的には食を求めてとする説が多いが、繁殖に関連する現象とする説もある[3]。あるいは、天敵からの逃避が目的とする説もある[2]。
サバクトビバッタに関する研究によると、群生相の方が産卵数は少ないが、外敵に襲われにくいことから個体群増加(群の全重量増加)は速い[5]。 1870年代にネブラスカ州を襲ったロッキートビバッタの群れの大きさは、幅160キロメートル、長さ500キロメートルである(この面積は日本の本州全面積の3分の1ほどである)。平均高さ800メートル、場所によっては1600メートルであったと報告されている。また、同じ場所では6時間以上にわたって観察された[1]。この群れが移動するため、被害面積はこれよりもはるかに大きくなる。ただしこれは観察された最大級のサイズの群れであり、通常はここまで大きな群れになることはない。 群れの個体数に関して確からしい値としては、1958年に写真を使ったサバクトビバッタの観察結果で、1立方メートル当たり17匹、個体数500億匹、重さ11万5000トンという値が報告されている[1]。サバクトビバッタは比較的大形のため、他のバッタではもっと密度が高い可能性がある。ただし、近年であっても目視による観察ではかなり過剰に報告されることが多い[1]。 蝗害を与えるバッタの種類としては、バッタ科 (Acrididae 学名和名英名成虫の体長分布画像
群れの大きさ
種類
Locusta migratoria migratorioidesトノサマバッタのアフリカ亜種African Migratory Locust
Locusta migratoria manilensisトノサマバッタOriental Migratory Locust東アジア
Schistocerca gregariaサバクトビバッタDesert locustオス/40-50mm、メス/50-60mm[8]。北アフリカ全域?インド・希にヨーロッパの主に砂漠地帯
Dociostaurus maroccanusモロッコトビバッタMoroccan locustアフリカ北西部からアジア[9]
Melanoplus spretusロッキートビバッタRocky Mountain locust20-35mm[10]。北米、絶滅
Chortoicetes terminiferaオーストラリアトビバッタAustralian Plague Locustオス/25-30mm、メス/30-42mm[11]。沿岸部を除くオーストラリア
Nomadacris septemfasciataアカトビバッタRed locustアフリカ東部
Locustana pardalinaBrown Locustアフリカ南部
Nomadacris succinctaボンベイトビバッタBombay locust西南?東南アジア
Anacridium属のバッタTree Locustsアフリカ、地中海沿岸、近東
Oedaleus infernalisクルマバッタモドキ東アジア
蝗害の歴史と特色