風藤松原
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メンバー風藤康二
松原義和
結成年
2004年
事務所太田プロダクション
落語協会
活動時期2004年2月8日[1] -
師匠三代目橘家文蔵
出身NSC大阪校18期
出会いNSC
旧コンビ名ランチ(風藤)
好色一代娘(松原)
現在の活動状況ライブ
テレビ
寄席
芸種漫才
ネタ作成者松原義和
過去の代表番組オンバト+
エンタの神様など
同期えとう窓口(Wエンジン
ファミリーレストラン
浜辺のウルフ など
公式サイト公式プロフィール
受賞歴
2007年 第6回漫才新人大賞優秀賞
2014年 オンバト+第4回チャンピオン大会 準優勝
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風藤松原(ふうとうまつばら)は、日本お笑いコンビ。所属事務所は、吉本興業を経て現在は太田プロダクションNSC大阪校18期出身で、2021年10月21日より落語協会所属[2]
メンバー
風藤 康二(ふうとう こうじ、
1977年11月29日 - )(46歳)
ツッコミ担当、立ち位置は向かって左。大阪府枚方市出身。血液型A型。結成以前はコンビ『ランチ』として活動。趣味は工作(プラモデル・家具など)、特技は料理。2016年1月に結婚[3]
松原 義和(まつばら よしかず、1974年2月8日 - )(50歳)
ボケ・ネタ作り担当、立ち位置は向かって右。大阪府寝屋川市出身。血液型B型。母親にとても似ている。結成以前はコンビ『好色一代娘』として活動。趣味は推理小説・2時間サスペンスを見ること、特技は一人で時間をつぶせること。2014年6月に結婚[4]。母方の先祖が武田信玄
ネタ

主に
漫才で、ゆっくりとした独特のテンポが特徴。

あるあるネタを用いたものが代表的。女性的な口調で日常生活において起こりそうな嫌なことを話題にし、2人でそろえて「やだね?」と言う。直後にそのネタの説明を少ししてから次のネタへ入る。

ネタの最後に、風藤が舞台袖を見て「あら、そろそろ時間だって」と言ってから2人で「やだね?」と締める。

共に大阪出身だが、漫才の際は標準語を使う。たまに途中から「今からテンション上げま?す」と予告し、テンションを上げ大阪弁になるも1分ほどでまた「テンション下げま?す」と言って普段のテンポに戻る。

風藤が読んだ川柳の五・七に、松原がボケの五で答えるというネタもある。また、ことわざなどを用いて言い間違いを重ねるネタも持つ。

オーソドックスなスタイルの漫才も演じる機会があり、オンバト+などで披露している。

賞レースでの戦績
M-1グランプリ

年度結果エントリー
No.会場日程備考
2004年(第4回)2回戦進出[5]パナソニックセンター10月30日アマチュアとして出場。
2005年(第5回)3回戦進出[6]ルミネtheよしもと11月23日
2006年(第6回)3回戦進出[7]ルミネtheよしもと11月23日
2007年(第7回)3回戦進出[8]ラフォーレミュージアム原宿11月23日
2008年(第8回)準決勝進出[9]メルパルクホール12月7日
2009年(第9回)準決勝進出[10]よみうりホール12月6日
2010年(第10回)準々決勝進出[11]メルパルクホールTOKYO12月3日予選ランキング29位。
2015年第11回)準々決勝進出[12]1525浅草公会堂11月3日
2016年第12回)2回戦進出[12]2029雷5656会館ときわホール10月13日
2017年第13回)準々決勝進出[12]1832浅草公会堂11月3日
2018年第14回)2回戦進出[12]2237雷5656会館ときわホール10月6日

その他

2001年「第22回
ABCお笑い新人グランプリ」新人賞(風藤のみ)

2007年「第6回漫才新人大賞」優秀賞受賞

2007年「第5回お笑いホープ大賞」第3位

2008年「第10回爆笑オンエアバトル チャンピオン大会」進出

2011年「THE MANZAI 2011」認定漫才師50組に選ばれるも、松原の肝不全による治療のため本戦サーキットは棄権。

2012年「THE MANZAI 2012」認定漫才師50組に選出

2012年「太田プロライブ月笑」初代年間チャンピオン

2013年「THE MANZAI 2013」にて認定漫才師50組に選出され、本戦サーキットランキング4位で決勝進出。

2014年「THE MANZAI 2014」2回戦進出

2014年「第4回オンバト+チャンピオン大会」ファイナルステージ進出、準優勝。

逸話

風藤のツッコミは
関暁夫曰く「全部吸い込まれる」(『ぷっ』すまにて)。

エンタの神様』では服装も女性らしくしていた。

スレイヤーメガデスなど、メタルバンドのTシャツを着ていることが多い。

東京に出てきてから松原が結婚するまでコンビで同居していた。

2009年9月26日、銀座小劇場にて初単独ライブ「ゆるゆる」を開催。

2011年1月、永沢たかし(磁石)が結成した、芸歴10年前後の吹きだまり芸人によるユニット「FKD48」に加入。風藤が不良担当→介護担当で担当カラーは紺色、松原が変態担当で担当カラーはミントグリーン。

前述の通り、THE MANZAI 2011本戦サーキットは松原の治療により棄権したが、12月10日に放送された『決勝トーナメント組み合わせ挑戦会』では本大会独自の審査システム「国民ワラテン」のテストと称してネタを披露した。

爆笑オンエアバトル』とその後継番組『オンバト+』には両方を通算して2006年度から2014年度まで長きに渡って出場し続け、比較的安定した成績を残していた[13] にも拘らずオーバー500だけは一度も達成できなかった。なお、『オンバト+』において15勝以上している芸人の中でオーバー500を達成していない芸人は風藤松原のみ[14]。更に『オンエアバトル』の成績も合算すれば計22回勝利しているが、非公式ながら通算で20勝以上している芸人の中で一度もオーバー500を達成していない芸人も風藤松原のみ[15]となっている。

『オンバト+』の第4回チャンピオン大会ではファイナルステージの3組に残り、822KBを獲得するもジグザグジギー(882KB)にあと一歩及ばずチャンピオンの座を逃した。ちなみにもし風藤松原がチャンピオンを達成した場合、史上初めて通常回で一度もオーバー500を達成していないチャンピオンの誕生となっていた。


2021年10月21日より落語協会の正会員となり、同協会の定席興行に出演している。なお、同協会では三代目橘家文蔵の身内(門下)となっている。

出演番組
テレビ
バラエティ

風藤松原の白ブリーフはタキシード(
アクトビラ、2010年9月3日 - 2011年8月31日)- cuTe365の毎週金曜日を担当。

エンタの神様日本テレビ)キャッチコピーは「ピーチなNEWカマー」


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