風船飛ばし
[Wikipedia|▼Menu]
.mw-parser-output .hatnote{margin:0.5em 0;padding:3px 2em;background-color:transparent;border-bottom:1px solid #a2a9b1;font-size:90%}

野球の応援行為については「ジェット風船」をご覧ください。

風船飛ばし(ふうせんとばし)とは、ヘリウムガスなどの浮揚ガスを注入した大量のゴム風船を大空に飛ばす行為演出のこと。1990年代後半以降はゴム風船のほか、をはじめ水溶性や生分解性のフィルムで作られた風船でも行われることが多い。バルーンリリース(balloon release)ともいう[1]。また、風船放天、飛翔風船、バルーンラウンチ(balloon launch)などとも呼ばれることがある。
風船飛ばしの効果

大空を使った視覚的な演出であり、映像に収められるシーンは洋の東西を問わず数知れない。日本では結婚式運動会などの祝祭や、人権・福祉の啓発イベントやパレード、公共事業などの完成祝賀行事や博覧会などの演出で行われることも多い。

風船には草花手紙を付けて飛ばすこともある。特に差出人の連絡先を書いた手紙を付けて飛ばした風船は、さながらバルーン競技のようでもあり、手紙を拾った人が返信することで、風船の到達距離に驚くとともに無縁だった人との心のつながりが生まれ、物品が毎年届くような長い縁になることも少なくない。

この風船によってもたらされる縁は、上空の風の吹き方のほか手紙の落下した場所にも依存し、さらには手紙を拾った人が返信をする行為の有無にも左右される。だが、日本は地理的に偏西風の影響を受けることが多く、関西(たとえば神戸)で飛ばした風船が東方に流され関東地方に落ちることは少なくないが、その逆はなかなか起こりにくい。

一般に雨天時の風船飛ばしは風船が雨粒などの重さで落下することが多く、また荒天時のイベントも不向きな場合が多い。
小学校の運動会での記念種目としての例

さいたま市立大宮別所小学校では、2013年6月1日に行われた運動会で、当小学校の創立40周年記念種目として、小学校の児童と翌年入学する地元の幼稚園・保育園の年長の児童の計900人が、将来の夢や自分の思い、名前を書いた風船を飛ばした[2]。その日は南風が吹いていたため、風船の多くが北方向へ飛んでいった。

風船には、大宮別所小学校への連絡先(電話番号、郵便番号、住所、Eメールアドレスなど)が記載されていたため、風船を拾った人たちからのメッセージが運動会後に相次いで小学校へ送られてきた。

風船が拾われた地域の多くは、埼玉県内の大宮別所小学校よりも北側の上尾市桶川市北本市鴻巣市加須市行田市熊谷市東松山市吉見町などで拾われたことが、拾った人たちからのメッセージにより分かった。また、遠距離まで飛んでいった児童の風船は埼玉県を越えて、約50キロ離れた茨城県栃木県群馬県(伊勢崎市太田市前橋市)の3県のそれぞれの南部にまで到達したことが分かった。

風船を拾った人からのメッセージには、将来の夢を書いた児童へ、夢の実現やこれからの学校生活を励ます応援メッセージや、この風船を拾って自分自身の心が温まったというメッセージが書かれていた。拾った人の中には、児童の飛ばした風船を、記念として児童自身で持っていられるように、上記の応援メッセージを添えて、風船を大宮別所小学校に返送した人もいる。
アトラクションとしてのバルーンリリース

結婚式などの儀式(セレモニー)やイベントの演出効果的な風船飛ばしはバルーンリリースと呼ばれることが多い。

大量の風船飛ばしの行為は、イベント参加者がそれぞれ風船を手放して飛ばす場合もあるが、多くのイベント参加者が演出作業に介在せずイベントの進行の流れのままに、一部のイベント関係者の一手によりタイミングに合わせて一斉に風船が飛ばされることが多い。

そのような風船飛ばしの場合、上方に全開できる大きい箱の中に、あらかじめ大量の風船を仕込み、タイミングに合わせて箱を開けて風船を飛ばす演出のほか、大きいバルーン用ネット(網)に大量に風船を仕込み、タイミングに合わせて網をほどき開き風船を飛ばす演出が行われる。網には球体の丸ネットやアーチ状に形づくることのできるチューブネット。バルーンアートを意識した設計された網の中に大量のヘリウム風船を入れてタイミングに合わせて網を開き、バルーンリリースをするバルーンアートリリースなどがある。

また、このような基本的な一斉放出のバルーンリリースのほか、大きいゴム風船の中に多数の小さい風船を仕込んで、針を刺して小さい風船を飛び散らせるスパークバルーンや人が入るほどの大きさのビッグバルーンに人や物とともにヘリウム風船を入れて、バルーンの解放とともにヘリウム風船を空に飛ばす演出も、広義のバルーンリリースといえる。
歴史詳細は「風船の歴史」を参照

日本では、明治期にはすでに輸入されたゴム風船に水素ガスや石炭ガスなどを注入し、イベントで数十あるいは数百個単位の風船飛ばしも行われ、昭和初期には大型百貨店の落成イベントでも行われたが、その頃は「風船上げ」と呼ばれていた。

第二次世界大戦前後には天然ゴムも軍需品としてゴム風船の製造も禁止され風習が途絶えた。戦後ゴム風船の製造が許可されると高度経済成長とともに祭事やイベントで再び全国各地で頻繁に風船飛ばしが行われたが、水素ガスによる爆発事故も少なくなかった。

日本では1987年11月に岡山県倉敷市の祭りのイベントで大量の風船飛ばし用の水素入りゴム風船が、ガス注入関係者のたばこの火で引火爆発した事故以降、業界のヘリウムガス使用の徹底が行われたこともあり、全国に知られる水素入り風船による爆発事故は発生していない。


一方、世界記録のギネスブックの風船飛ばしの記録は1970年代は10万個台前半の数量であったが、1980年代半ばには30万個台から一気に140万個を超え、その記録競争の過程の中で日本では1984年11月に東京新宿副都心で企業商品のPRイベントで38万4800個が飛ばされたことがある。

しかし後に、死んだウミガメの胃からゴム風船が出てきたことなどをきっかけに生物・環境保護団体から風船飛ばしの行為が批判を浴びることになる。日本でも1990年代初頭に全国規模で風船飛ばしの自粛が起きたことがきっかけとなり、自然環境に配慮した風船飛ばしに適した新素材の風船の開発が続々と進み市場に出回っているが、一部の業者により現在もゴム風船が「環境にやさしい」、「土にかえる」というPRのもと「エコ風船」と称して使われ続けている。


日本ではかつては国家的規模の演出で1964年東京オリンピックで1万個、1972年札幌オリンピックでも1万5千個しかゴム風船が飛ばされていないが、@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}2008年?2009年の夏にかけて東京都内で夜に行われた1アーティストのコンサートの演出で1回に5万個のゴム風船による風船飛ばしが連日行われ、ゴム風船の一部が周辺地域に落下し問題を起こしている。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:38 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef