風の中の牝?
A Hen in the Wind
佐野周二(左)と田中絹代
監督小津安二郎
脚本斎藤良輔
小津安二郎
製作久保光三
出演者田中絹代
佐野周二
村田知英子
笠智衆
坂本武
音楽伊藤宣二
『風の中の牝?』(かぜのなかのめんどり)は、小津安二郎監督による1948年製作の日本映画。製作は松竹大船撮影所。
タイトルの「?」の字が機種依存文字にあたるため、資料によっては『風の中の牝鶏』『風の中の牝鳥』などと表記している例もある。 太平洋戦争後の東京を舞台に、夫の復員を待つ妻が生活に困窮し、子どもが病気をしたことで金のために一度だけ売春をしたことから、戻ってきた夫のみならず妻自身も苦しむという物語である。 1948年5月から9月にかけて撮影された[2]。小津は、前作『長屋紳士録』の後、奈良を舞台にした『月は上りぬ』を準備中であったが、起用を予定していた高峰秀子をキャスティングできず、企画自体が頓挫した。このため代わりの企画を用意することになり、脚本の斎藤良輔が考えていたアイディアをいくつか提示した中から小津が選んだのがこの話であった[3]。 本作が作られた1948年は、戦争で捕虜になっていた兵士は徐々に復員していたが、シベリアでは何年も抑留されたままの人々もいまだ多かった。また、当時の日本にはまだ国民皆保険の制度がなく、日本で待つ家族はたいへんな苦労をしていた時代であった。本作はこのような当時の世相を背景にしており、小津の作品の中では特に過酷な現実を直視した一作である[1]。 このため、夫に突き飛ばされた妻が階段から転がり落ちるなど、小津の作品としては例外的な暴力表現の場面も登場する。このシーンでは、小津作品で唯一スタントが使われており、本作で編集を担当した浜村義康の回想によれば、小津はこの部分のフィルムを輪にして映写機にかけ、繰り返し見ていた。フィルムが熱くなって燃えそうになり、映写技師が止めるまで、15回ほども見ていたという[4]。 東京の下町の一角にある家。戸籍調査にやってきた警官が、間借り人の雨宮時子、そして戦争から帰還してこないままの時子の夫・修一のことを確認して帰っていく。時子はこの日、一人息子の浩を連れて、親友の秋子のアパートへ行っていた。手持ちの着物を金に換えてもらうためである。時子はミシンの内職の仕事をしているが、物資高の中それだけでは生活が苦しいため、着物を売ってしのいでいるのだ。しかし、これが売りに出せる最後の着物だという。秋子は、闇商売をしている隣人・織江のもとに預かった着物を持ち込むが、織江は「時子は綺麗だから、その気になれば楽に稼げるのに」と言って秋子を不愉快にさせた。 時子が帰宅すると、浩は高熱を出していた。家主の彦三・つね夫妻の勧めで病院に連れていくと、医師は大腸カタルだという。秋子のアパートからの帰り道に食べさせたあんこ玉が原因に違いなかった。翌朝になって浩の容態は持ち直したが、看護婦から入院費の支払いを求められ、蓄えのない時子は再び暗澹たる気分になった。 翌日、秋子が時子のもとを訪ねてきた。時子が織江の紹介で曖昧宿に行き、身体を売ったことを織江本人から聞いてきた秋子は、なぜ親友である自分に最初に相談しなかったのかと非難する。時子は、秋子の暮らしぶりも大変なことを知っていたので甘えられなかったと答えることしかできなかった。やがて全快した浩は退院するが、時子は自分のした行為に後悔の念を感じるのだった。 数週間後、秋子と荒川土手に遊びに出かけた時子・浩が帰宅すると、修一が戻ってきていた。4年ぶりとなる再会を喜びあう夫婦だったが、その夜、浩の成長ぶりの話になり「自分の留守中に病気などしなかったか」と訊く修一に、時子は大腸カタルでの入院のことを話してしまう。費用をどう工面したかとさらに問う修一に、時子は答えられず泣き出した。 修一の帰還を知って再び訪ねてきた秋子は、浩の入院のことは修一には言わないほうがいいと忠告する。しかし、隠し立てのできない時子は何もかも修一に打ち明けてしまっていた後だった。その修一は、就職活動のため旧友の佐竹のもとを訪れ、様子がおかしいことを佐竹に指摘されるが、何も答えられない。帰宅した修一は、時子に対して機嫌の直らないまま、ことの詳細について矢継ぎ早に質問を浴びせた。時子は、その宿は月島にあること、小学校の裏で「桜井」という看板が出ていたことなどを話すが、核心については黙ったままであった。いら立った修一は外へ飛び出していった。 翌日、修一は月島の「桜井」へ出向き、応対した女将から時子のことを聞き出した。部屋に呼んだ若い女と話すうち、母と兄が戦争で死に、老いた父と学生の弟を自分が養っているということを聞いた修一は、女に金だけ渡して外へ出た。追いかけてきた女に、修一は「仕事を探してやるから堅気になるように」と言い聞かせる。再び佐竹を訪ねた修一は、女の勤め口の世話を頼む一方、時子の一件で不安定な気分になっていることを話した。「その女のことは許せて、奥さんのことは許せないのはおかしい」と諭す佐竹に、修一は「仕方のなかったことだとは分かっているが、気持ちが落ち着いてくれない」と答える。 気分の晴れないまま帰宅した修一を出迎えた時子は、再度自分の過ちを詫びる。部屋を出ようとする修一は、取りすがる時子を振り払おうとしたはずみで突き飛ばしてしまい、時子は階段から真っ逆さまに転がり落ちる。倒れたまま動かない時子に驚いて声をかける修一。ようやく気がついて、足を引きずりながら部屋に戻った時子に、修一は泣いて詫びながら「過ぎたことは忘れて二人でやり直そう」と言い、二人は固く抱き合って和解するのだった。
解説
あらすじ主人公・時子を演じる田中絹代(上)
批評・分析